永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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掌編稿『堕落DARAKU』
2011-02-06 Sun 22:25
 幼い頃に、大きな橋の上からよく落ちていく夢を見た。落ちていく瞬間に目覚め、恒に僕は脅威の声を発した。一陣の風の悪戯か、一気に駆け抜けようとしてけつまずいた勢いで橋げたを飛び超えてしまうのか、友達とふざけていて突かれた勢いで落とされるのか、とにかく僕にとって良からぬことが起こって落ちていくという次第だ。
 ところが、ある時期を境にそんな夢を一切見なくなった。見なくなったなと意識したあとからか、何故、落ちていく夢は見るくせに落ちてからあとの夢は見ないのだろうという、誠にいま鑑みれば素朴な疑問を抱いた記憶を思い出した。
 当時の僕はこう、答えを思案した。
 「落ちる瞬間に目覚めるからだ」
 そのことを、さも得意げか、姉貴に告げてみると姉貴はげらげらと嗤(わら)いだし、
 「ええっ? 凄く当たり前の答えね」
 と、相手にもしてもらえぬ有様だった。
 落ちる瞬間に目覚めるから良いのか、落ちてからでは遅いからか、そもそも、落ちる、この行為自体がいけないのか、いつのまにか僕のこの問いに対する疑念はすっかり霧消してしまった。何故なら、現実世界でその後の僕はいくつもの“大いなる転落”を繰り返したからだ。夢どころではなくなったと言うことだ。現実の世界で堕ちてからどう対応するか、なるほど、現実の世界で落ちる行為を繰り返したからもう夢には見ないのだなと気づいたのはまた随分、後の話しである。この世では夢であればどんなに良いであろうと思われる出来事が山ほどある。大いなる堕落を繰り返せばそういう繰言も呟かなくなる。落ちるとは全てを無にするという顛末だ。
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【A re-publication】掌編稿『揺れている、影。』綾見由宇也
2009-07-25 Sat 21:16
 
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。
 
 新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口。入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが他者を圧しているかのような、一切の断りを押し返しかねない、独特の空間を有した一組のカップルを、かつて目撃したことがある。何が凄まじいかってその一組のカップル、じっと見つめあったきり、ぴたりと動かないのです。ひっきりなしにその合間を縫うように乗降客が通り過ぎていく、というのに彼と彼女はけっして微動だにしない。ふたりの距離はほどなく離れているが、そうと察してふたりを見やるときっとこのふたり、いまが今生の別れともいうべき恋人同士と想えなくも無い。僕には、そうとしか想えなかった。何故、そうとしか想えなかったのか。そのあまりに悲しみに暮れた顔。お互いが異様なほど醸し出している、いわば妖気みたいなもの。密閉の空間にギュッと詰め込んだかのような、それら空気に僕こそ、圧倒されたから。僕は田舎者なので、ついじっとふたりを見比べてしまって、この僕をも佇んでしまった。彼、彼女らはきっとそれでも動かない。次第に彼らをまったく意に返さずその横を素通りしていく一群がその誰しもが、ふたりを一瞥(べつ)することもなくその傍らを何事も無いかのように通り過ぎていく、そのさまがまるで映画か何かの一シーンを切り取っているかのように感じられて、僕はその後、この情景を随分長い間、忘れられずにいた。
 何だったのだろう。あの一組の若いカップル。どう見ても十代だった。ふと生活の一狭間(はざま)、僕はその強烈な空間が想い出され、独り、感慨に耽った。僕にはとてもその場面が、そのふたりにとって喜ばしい瞬間とは感じられず、勘考を起こさずにはいられなかったのだ。あれから、また時は過ぎた。僕には周りの人々をまったく拒絶しているかのような、そんな一組のカップルの紡ぎだす空気、あれ以上のものをその後見せられた記憶は、無い。僕はその情景に吸い寄せられたのだ。いやいやいや、僕はあの頃、僕自身こそ多感な十代だった。だからこそ、そう、としか想えなかっただけだろうか。ふたりには死相さえ、漂っていた。僕の当時の感性がそうと嗅ぎ取ってしまったのだ。僕にはもう、ふたりに意を決して踵(きびす)を返す、あのふたりの世界を振り切るしか術(すべ)はなかった。
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掌編稿『火の河』
2008-12-06 Sat 10:46
 遠くで何かが燃えている。あれは火の河、という奴です。年に一度、その年の人々の辛苦を労う。ひと生きるうえで背負った業、煩悩、それらをいわば見えざる神を尊いつつ、いま生きている自身に感謝し、来る年の無病息災を願い、持ち寄ったお札(ふだ)を燃やす、その都市(まち)、年の瀬の儀式です。
 我が古里でもおんなじような儀式、儀礼はあるのですが、夕闇に唯、紅々と映えており、子供の頃は見向きもしなかった。なのに、友人のM君が交通事故で死んだ年の瀬には、そこへその都市へお札を手向けに行きたくなった。数少ない友人のひとり。音楽ライターで良い文章(もの)を編む、男だった。その実家へも霊前に手向けてください、と花を贈ったら丁重なお礼の電話をもらい、その先でその母は泣いていた。あくる年もあくる年もその命日が来るが、彼のことだけは忘れられない。
 いい男であった。自身に嘘をつかぬ男でいつもこの世を憂えていた。「誰にでもそんな時期はあるものさ」とひとは口々にさらりと言うが、易々とそう、片付けられるほどの生き方を彼はしていなかったと想う。難病患者の母を抱え、彼はいたって献身的にその母の介護をこなしていた。その息子の死後、その母は特別介護施設に預けられたと聞いたが、僕はその行く末を知らない。一度、その母のもと、彼の生家に見舞ったらその時、「あなたを見ると息子が想い出される」と泣かれてしまい、往生したことがあり、それっきりになってしまった。命日から三年目の節目の折り、また花を贈ったら宛先不明で帰ってきた。
 ふとあの母の泪を想い出す度、その早すぎた息子の死を、あまりにもむごいと悼む。
 いつの頃からか、その儀式は火の河祭と名づけられて、いまに至っている。その都市出身のある作家がそう、名づけたと言われているが真偽のほどは解らない。僕もいつか、その火の河を渡る。その時まであと何年か、何十年か、それは僕には無論知れないことだが、僕は彼の分までしっかとこの世を憂えてのち、その河を渡っていこうと想う。
 「よお!待たせたな」彼はそのとき、こう、切り返すだろうか?。
 「まだ来るには修行が足らねえぞ。」
 いつかのように、いや、いつものように彼はそう、言って僕をまたからかうことだろうか?
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『向日葵、無残。』掌編寄稿・風友仁
2007-09-29 Sat 15:00
  ☆『向日葵、無残。』掌編寄稿・風友仁

 まだ、その花が咲き誇るには早過ぎた。
 八分咲きにもほど遠い。
 つぼみのままで流れてしまった・・・。

 長雨と雷雲が重なり合って、九州地方は未曾有の惨事を舐めた。ありもしない地平に湖は生まれ、濁流となって人々を飲み込んでゆく。
 窓辺越しの、向日葵の幹。それはお隣のものであったが、折りからの豪雨を受け、左へ右へとしなっていた。いまにもぷつりと折れそうに感じられ、そんな、その日の土曜日のこと、僕は自室でひとり、そんなこんなを本当のところは憂うこともせず、彼女ばかりを想っていた。
 彼女には子もあった。別れたばかりの彼女とその子供たちの安否を気遣うメール、僕はそれを彼女に送ろうかどうか、思案していたのだ。躊躇、する。いや、安否というよりも激励?・・・いや、この言葉もおかしい・・・編み、送信するばかりの段になって、僕はことをやめた。

  「返信は要らないよ。
  ひどい雨だね。子供たちもきっと今度ばかりは、
  脅えていることだろうね?
  君たちのことが心配だけれど、
  僕が君たちのところへゆくことは、
  大きなお世話だろうから、よすよ。
  明日には、雨もあがると言う。
  きっと、この一晩のことだろう。
  君も、ちょっと心細いだろうけれど、
  子供たちを守ってほしい。
  僕は、心から君たちのことを祈ってるよ。」

 そう、打ち込んで結局、送信しなかった。
 雨は、翌朝には小康状態となり、僕は同じ街に住む姉貴たちのことも気になって、車で駆けてみると、道ゆく道は無く、しかたないとばかりに歩んで行くことにした。ゆかるんだ家財道具が、庭一面を覆いつくしている、家屋。畳みらしきと想われるへの字に折れ曲がった、それら惨状。あそこの家も傾いている。泥土がへばりつく、いずこは白壁だったろう場所。壊れかけたドアー。濁流で、きっと跡形も無い畜産倉庫。TVだろ、冷蔵庫だろ、洗濯機に、洗面台、タンスだろ、CDプレーヤー、パソコン、家具調こたつに、掃除機だろ?、もう、どれもこれもが砂塵の荒野を踏みしだくかのように、僕のこころに自然の脅威の怖ろしさを代弁しているかのように、厭がうえにもはかなさを投げかけてくる。
 皆、押し黙り、暗い顔のまま、泥土をはらっていた。
 が、そのときだった。僕は、判然とある想いを抱き、すぐさま飲み込んだのだ。
 僕にはやっぱり、いまだに見えていない。
 まさに被災地の、今にも流されゆく人々の声無き声を、昨夜、僕は聞いたか?
 聞こえはしない。僕が考え付いたのは、彼女のことと子供たちのことばかり。
 これが、彼女が嫌った僕の欺瞞だったろうか?偽善だったろうか?
 これが僕の歪んだ情念、想念・・・信念、愛情?。
 それが君が遂に信じきれなかった、僕の気遣い、というものだろうね?
 天井にまで被った土砂を振り落としてみたり、地軸の動いた木造車庫をようやく、その体裁にもどしたりと、僕はその日の半日を姉貴のうちで過ごし、くたびれた足で自宅へと帰ってきた。そこには、いまでもひとりである。どっと疲れがでて、また降り出した雨を見つめつつ、僕は寝た。夜半に目が覚めた。見やると、窓辺越しに、あの向日葵がくず折れていた。茎だけのありようが、雨にそぼふる街灯に映えている。 
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掌編稿『帰るところにあるまじや』
2007-03-10 Sat 20:42
 かあさん、とうさん、僕には随分、あなたがたが遠くに在るようで・・・未だにその想いを拭えませんよ。いま、僕の嫁がこの来るべき寒さを忍んでマフラーと防寒帽を編んでくれているのですが、柄にもなく、かあさん、あなたを想い出し、ちょっと僕は涙ぐんだりもしているのですよ。ひとは、よく言うものです。あれは遠い、追憶の影、顔すらもう朧で想い出せませぬよ、などと・・・いや、僕には未だにありありとあなたのよすがが浮かび上がり、浮かび上がり、僕には在りし日のかつてのあなたがたが、あなたのそのお姿がはっきりとその輪郭が、そう、ありなんと・・・遠くにおられるはずなのに、僕のこころに衝き刺さり、だのにもう、まるで遠い遠い日のことのように想われて。
 ひとというのは、勝手なものです。僕というやつも勝手な者、です。酒を喰らう、あなたが嫌いでした。厭で厭で、死んでしまえと何度、祈ったことか。そう、呪い殺してやりたいほど、あなたはどうしようもないのんべい、でしたね。だのに、いまはもう、そのよすがも無い。霧の朝、身に纏う風にもあなたはささやきすら、くるんでは来ない。もう、寂しい限り、です。僕はあなたがたの居る、この古里に、二度と帰るところにあるまじや、などと心して、あの「東京」という街で生きておりました」。いろいろ、ありました。はい、僕なりに、修羅を潜るようなひどい目に遭ってきましたよ。けれど、いまそんなことを嘆いたとて・・・。もう二度と帰るところにあるまじや、などとえてして一本気に想い込んでいた僕も脳内出血で倒れ、左半身不随、変わり果てたあなたを、あのベッドの上のしがないあなたを人目見た時、僕は一変にあなたがあまりにも哀れに想えて、もうもうもうもう、僕はいけないと、僕に呟いて、このかつて意味無くけ嫌って離れた故郷に戻って参りましたよ。
 病気がちで入退院ばかりを繰り返し、その入院先に泣く泣く電車に揺られ、あなた逢いたさに恒にどこか前のめりで歩んでいた、そんなへんてこりんなあの頃をよくよく想い出させる、いま、か弱きおかあさん。朝からくだ、巻いて拳骨でぼこぼこに殴られ、一回きり、摑みかかると凄まじい勢いで振り回してきた、あの頃ばかりが偲ばれる、いま、大酒飲みのおとうさん。
 ですが・・・僕には、ありがとう、としか今、そんな陳腐な言葉しか想い付かない。僕は、ほんとに幸せ、でした。あなたがたの子で良かった。願わくばあなたがたが存命のその頃に、その言葉を伝えたかった。
 かあちゃん、
 とうちゃん、
 家族という、
 かけがえの無い、
 「未練」
 というものを僕は未だに、
 引きずって生きているのですよ。
 もう、一度っきりでも良い。
 僕は、
 あなたがたに逢いたいです。
 逢いたいよ。
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掌編稿『落日の岬』
2007-03-07 Wed 19:29
 一瞬間、その一帯、空気がいっぺんに押し迫ってくるかのような、落日の岬にはなんとも言い難い逼塞感が僕の胸中に漂ったのだ。眼下に見下ろして、ひんやりと背筋が這い上がってきたかのようで、あの時、僕は僕独りでは無かったことに少々安堵した記憶が、ある。仲間と岬巡りを、した。北海道の小樽の友人の案内を乞い、襟裳岬、知床岬、宗谷岬と車一台で代わる代わる運転し、走破、した。皆、うら若かったから、なけなしの金を出し合い、ひとりの者が北国を旅しようと言い出し、いいねいいねと言い合う内に、あっという間にその了見は成立し、皆でいや四人で、気がつけば東北自動車道を青森へと向かっていった。途中で名も無き地元の猟師さん達がよく入りに来ると聞いた月夜を真上に臨むかのような温泉場で、しばしの旅装を解いた。シルエットに映える、影だけの笹竹。湯の流れる音だけしか聞き取れない。青函連絡船の波止場に車を止めて、始発を待つ合間、皆、惰眠に耽った。函館五稜郭を越え、友人の母が待つ小樽へ。そこでたらふく石狩鍋なんぞを頂いて、その叔母さんが働いておられるという全国にその名、轟く有名な競走馬牧場へと駆けていった。特別に往年の名馬に跨らせてもらう。いや、実に
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掌編稿『東京』The latter part
2007-01-12 Fri 09:34
  弐
 たなびく雲の切れ切れにススキの穂が影を成す。秋、です。そよ、と吹いた風に揺れる針葉樹、その枝葉の隙間さえ、そうと想えば我が子の在りし日を偲ばせる。あの子はここで眠っている。先年、亡くした実子の墓に参り、手を合わす。まだ幼かった。六歳、だった。病(やまい)に伏せ、息も絶え絶え、ゼーゼーと喉を嗄(か)らしており、見ているこちらの胸中が締め付けられるほどに痛々しかった。一体、生まれる前からそういう運命だったのか。嘆かざるをえぬ、衝動を抑えられぬほど、病弱な女の子。僕は親として男として大人として、何もしてあげられなかった。翻って自身の脆弱さを悔やんだ。そんなことしか、想い、至れない。あれからもう、十四年。月日の移ろいは、たとえば、この手に乗せる落ち葉を容易く拾えるほど、安楽なものじゃあ無い。

 そうとも知れず、潮は吹く。
 ざぶんざぶんとここまで、匂い立つ。

 段を踏む。踏みしだく。線香の匂いが心地よく、僕に香る。独経が聞こえてくる。じっと四隅で正座して、耳を澄ましてみる。安らかに、あの子は眠っているだろうか?いまだに聞こえる。消え去らない。あの子の泣きじゃくる声。僕こそが、あの子を憂えてあげなければこの先も、こののちも僕に生きる証明(あかし)は無い。
 この先、まだまだひとり。僕は僕を返り見ない。

 お堂のお釈迦様が何か、呟きになられたのか?ふと、僕は気持ちを落ち着かせようと、鎮座したままみじろぎもしない。この古里(まち)の三時を知らせる鐘の音(ね)が聞こえてきた。だが、ざぶんざぶんと、僕のこころは掻き乱されて、潮騒に溶け入ってしまい、これじゃあ、元の木阿弥と微苦笑。この日ぐらい、透明な想いのままでいたかったのに・・・。  


  参
 コートの襟(えり)が木枯らしに包(くる)まっている。冬、です。一室に駆け込むなり、灯油が切れていることを知り、フンと唸ったのち、また外気を吸いに白雪の最中に走り込む。
 窓辺に蒸気が上がり、月の下弦を引きずって、やがて、何もかもが見えなくなれば、僕はこの部屋にまたひとりっきりだということをおのずと悟る。カラカラとストーブが音を成し、あらゆる不自然な、それ以外の濁音を遮断してしまえれば、もう僕は自分の世界に浸れる、(筈)。それが、僕のいまの生活というものです。生きれるだけ生きてみようと想い至り、死んでなるものかと容赦なく自身を叱咤してみる。

 ようやく、ここまできた。

 橘さんから電話をもらい、「今年の大晦日はおまえのうちで越す」というものだから、年越しそばを作っておいた。なのに、来る段になって既にどこかで「程好い気分」になったのか、そばなど食わぬ、という。まあ、いい。そういうひとだから。
 芋焼酎がやけに今夜は沁みる。ぐいぐいと飲み干す。また起き掛けにと伸びていた橘さんがひょっこりと座り直し、ギターを傍らに唄いだした。
 雪はしんしん積もっている。寝正月というわけにもいくまい。凧揚げとカルタとビー玉遊び。メンコに雪合戦にヨーヨー。なんでもやった、あの正月はもう、来ない。

 唄えと唄え。東京のあの空を想いだすじゃあないか!?ごろんと高いびきの橘さんを背に、僕はまた一年、歳をとる。

  終

 花萌えて、また四十雀(しじゅうから)が鳴きそよぐ。春、です。僕は軒で食えない「ご本」を編んでいる。こうしていまだ昨年も一昨年(おととし)もこんな感じで時が巡る。
 今日は、風もどこ吹くそぶりで、僕の心根を締め付けない。苦渋に満ちたあの頃は、煩瑣な日常にへどを吐きそうだったあの頃は、予期せぬことがこれでもかこれでもかと起こり、無碍(むげ)無残に打ち砕かれていたあの頃はいまや、遠い遠いお話しの最中。こんな日がときにはあっても、良いですよねえ!? 
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掌編稿『揺れている、影。』第十稿
2007-01-10 Wed 17:21
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。
 
 頬を危(あや)めた傷と取り押さえる際に刺された右肩付近から噴出した血痕を、さも傍目に見やるかのように立ち上がったまでは覚えているが、その後、去っていく警官の後ろ姿を一瞥した辺りから、まったく記憶が定かでは無い。

 ‘人形町に有る雑貨屋のレジでバイトをしていたあいつを始めて見知ったのは、僕が二十歳(はたち)の学生時分の頃、だった。あいつは、ありふれた、どこにでもいそうな女性だったけれど、僕が購入しようと差し出したアンティ-クな感じの女の子が傘を立て本を読んでいる置物に、こちらのセンスにくすっと同意とも取れる微笑を湛えて、「贈り物、ですよね?」と尋ねてきた。僕は恥ずかしがることもなく「いや、ただ、可愛いから、いいかなっと想って」と呟き返したけれど、アハッ、とあいつはまた好意的な笑いを覗かせ、そそくさと包装紙に包んでくれた。
 そんなあいつが、僕の女の子を産んだ。僕にやがて離婚届けを突きつけた。’
 
 ひとというものは、何故、あんなにも焦がれた恋にあっさりと終止符を打てるものなのか?
 
 意識が覚醒し、目覚めると僕は、夢に見た、あの頃がまるで他人事のように感じられて空しかった。だが、この病室の、この横たわる僕の傍らにいる女の子はなんと説明したら、良いものだろう。
 あの、もなみであった。
 「・・・先生。勇気、あるじゃん」
 いまだかつて見たことの無いもなみの、そのふくよかな微笑が飛び込んできたとたん、僕は止め処(ど)ない滂沱の涙を流さずにはいられなかった。

 みな、揺れている。僕もまた揺れ続ける。
 (あれでお終いじゃあ、なかったのか・・・)
 これのちも揺れ続けねばならないのだろう。またあの大海原さえ、呼んでいる。

           物語稿『揺れている、影。』了
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掌編稿『揺れている、影。』第九稿
2007-01-10 Wed 17:20
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 もなみは、自主退学した。自宅へ立ち寄っても、逢おうとすらしない。物事に始まりは無く、終わりばかりだと、僕は僕自身のふがいなさを嘲る。だが「あなたの力量不足、ですね」そう、さりげなく言う校長の中枢神経とやらが判らない。いじめはいけませんと言ってるはなから、言葉による暴力を吐くじゃないか。実はひとによっては手ひどい言い様である、はずなのに・・・。
 僕も僕の終わりを悟って、退職願いを申し出た。なのに、あの校長は「ひとまず休職願いを受理するという形で・・・」意味が判らない。外聞を気にしてか。詮索する気力も失せて僕は、その日、足早に校庭を横切った。門の辺りから、するすると新聞記者風情の男が歩み寄り、何事か声をかけてきたが、僕はその声すら邪険に遮(さえぎ)って町へと駆けた。もう何もかも信じられなかった。

 その暮れもわずかな日和、僕は久方ぶりにバイクにまたがり、神楽坂の叔母の元へと走った。心配げに僕を見つめる叔母に僕はにこやかに笑顔を手向けた。
 娘の芽衣が続けざまに、こんなことを浴びせかけてきた。
 「はははっ。パパ、情けない!!」
 ひねくれた顔をわざと作って、僕はおどけてみせた。
 「芽衣、おいしいケーキでも食べに行こう」
 キャッキャッとはねる娘を後部座席に乗せ、僕は人形町の、あの想い出の場所へと向かった。いまからは随分と昔のことのようだ。よく、あいつと入った、マンデリン豆をおいしく挽いてくれるお店。ここのレアケ-キを一度、芽衣に食べさせたいものだとずっと想い続けていた。
 娘は、おいしいねおいしいねと連呼しながら、
 「この先、どうすんの?」
 と、挑むような目を見せて問いかけてきた。
 「どうしようかな?まあ、ぼちぼち考えるわ」
 僕が、そう呟くと、芽衣はすかさず、その答えを待っていたと言わんばかりに、
 「だってもう辞めて半年以上、経つじゃない?、ぼちぼちなんてパパらしいよ」
 クスクスと笑い講じる娘の芽衣に僕は、本当のパパはそうじゃないんだよという想いを飲み込んだ。
 娘にだけはけっして見せぬ自分。僕は昔からそんなところがあった。

 娘と別れ、僕はふと人並みに揉(も)まれたくなって以前の町並みが残る路地を訳もなく歩んでいった。そこへあの騒ぎが起こったのだ。喚(わめ)き声と喧騒が交錯する最中を、一群の人垣が一片に僕の方へと押し寄せてきた。なんなんだ?驚いた僕も、その一群の理由をすぐに判然と知った。出刃包丁を持った五十年配の男があらん限りの嬌声を発し、ふらふらとこちらへと歩んでくる。通り魔か!?いや、違う。こんな白昼堂々、刃物などを振り回す者がいるものか?不思議と僕は怖気づかなかった。僕はじっとその男を睨み付けてその男へと挑みかかっていった。
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掌編稿『揺れている、影。』第八稿
2007-01-10 Wed 09:59
 『揺れている、影。Another shadow』③
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 仄(ほの)かでは無く、まざまざとまるで赤子が我が母の乳房をひっきりなしにまさぐるかのように、暮れなずむ、その診療所の渡り廊下を僕は、有る確信を感じつつ歩んでいく。暗闇なのだ。或いはそこはけっして診療所の一角ではないのかも知れない。そう、想いたくなるほどの、月明かりさえ射さぬその居所。墓地か或いは洞窟にでも迷い込んだかのような感覚すら僕には、あった。
 おずおずとけれど僕は歩みを進めながら、僕自身の教師生命が、そう、長くはない未来に絶えるであろうことを己に言い聞かせようとする。僕も、やはりか弱い一個の人間として脅えていた?
 受け持ちのクラスの女の子が自殺を謀り、未遂に終わったが、ようやく搬送された、ある地方、奥里深い診療所。或いは、そうだ、精神を病んだ者が自身の肌触(ざわ)りを確かめぬようにすやすやと寝泊りしている場所かも知れぬ。だから、寝息さえ、聞こえないんだ。
 わざと何か、こう、暗いというか、寂しい風情というか、霊の存在を信じている者には最適の場所かも、だなどと。僕は僕にくすくすと苦笑いを起こす。・・・僕もかなり‘やき’が廻ってきているぞ。

 女の子はじっとしていた。だが、目は見開いている。また、なんと薄暗い照明であろう。ほとんど、話しなどしたことも無い生徒。横顔を見て、ようやく、ああ、と判然がついた。僕はこんな調子、だ。マスコミがまたぞろ、「あの高校!!」と囃し立てるのも、そうは遠くない日じつじゃないか。
 女の子がハッと僕の存在に気づき、視線を交わしても僕にはかける言葉すらとっさに想いつけない。その射抜くような目に萎縮して、僕は僕の心根が真っ白になったことをここに白状しておきたい。
 「・・・死ねなかったね」
 ようやく、そんなことを発した。
 「眠りたいだけ、眠りにつけばいいさ」
 そんな呟きも、自身の言葉ではないようだ。
 森閑としている。森の動植物もこれなら安楽に横たわっていることだろうな、なのにふとそんなフレーズが僕のこの胸に沸き立つ。
 ふたり、だけであった。メッキの剥げた点滴台に、わずかに遮光して一本の筋が浮かび上がっている。まるできらびやかに、さえ。その一条の筋にぽたんぽたんと液がしたたり落ちる。そこだけがはっきりと僕のまなこを刺激、した。
 その瞬間、だった。強烈な、まるで胃の腑(ふ)を焦がすかのような凄まじい痛みをさも全身に感じた刹那(せつな)、僕ははっきりとあの時の情景を想い出したのだ。そうだ!!このふたりだけの空間を僕はかつてどこかで目撃したことがある。何故、何故、いま、この瞬間であったことだろう。もうひとりの僕がかつてのうら若き僕が、現在(いま)の僕をどこからか、じっと見つめている。

 ‘新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口、入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが、他者を圧しているかのような、独特の空間を有した一組のカップルを、かつて目撃したことがある。’
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掌編稿『揺れている、影。』第七稿
2006-12-18 Mon 16:00
 『揺れている、影。Another shadow』②
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 『いじめに附いて、謂いえる想いは、わたしの幼い頃から、つまりずっと以前から、「そう、いうものはあった」という事実、のみだ。「昔は、陰湿じゃあ、無かった」「いまは、痛みを知らないから、こんなことをしたら死んでしまうといった見境が判らない」どこかでそんな言葉を聞いたが、いじめられていた、つまりいじめられっ子であったわたしから言わせれば(ただ、或る時期を過ぎ、その世界は消滅したけれど)昔もいまと変わらず、その行為は陰険であった。病弱な母が、自身に鞭打って作ってくれたお弁当が、あっさりとその中身を捨てられていることを知ったときの、横溢、懊悩。そのものずばり「死ね」だの「生きてる意味が無い」だの、その存在意義自体を否定する言葉の数々。当時、言葉の暴力といういいようは無かったけれど、そういう想いに囚われて、なんど死のうと想ったことか・・・。
 ひと一倍、おとなぶった意識が、当時のわたしを苦しめ、疎外感は日に日に増幅、された。
 結局、なんの大袈裟な物言いではなく、格差社会、差別認識、資本主義という、ユートピア精神に反した、この日本という社会でまさに経済的に大いなるひとそれぞれ多大にあまりの格差がありうるこの成人という社会で蠢いている、虐げられている民族において、いじめが無くなるはずは無い。「あなたよりもわたしは裕福」事実、この傲慢さが知らず知らず、子供たちに蔓延し、いじめを助長する。指導すべきお役人、率いる先生自体がこの蚊帳の外、ではないから、いじめはやがても終わらない。わたしたちは、そういう認識のもと、ふだん、生きてもいないかもしれず、だから、わたしのこの言も、ただの「ひとりよがり」或いは「黙殺される」ままである、あろう。

 そういう想いを、「小説にしてみたら」とさる方に進言されたことがある。「いや、まだまだ生々しくて」その方は、もう、何十年前の話し!?、いつの時代のこと!?、いい大人が!?みたいな貌をなされた、あの不遜な首の傾げ方をわたしは当時、見逃してはいない。いじめられた者だけにしか判らない、心理の綾、というものが、そこにはあるのである。
 ひとは、どこまでいってもまた、他者を窺い知れない。当たり前、と言ってしまえばそれまでだが。いまは、まさに自分のことだけで精一杯の時代、時勢であろううから、ことは重大だ。いじめは無くならない。そのことが露見し、ただただ隠蔽しようと謀るおとなたちがいたとしても私は殊更に彼らを否定もしない。また、翻ってわたしも十二分にいじめる側の当事者にいつなんどき、なるやもしれないのだから。
 いじめ、いじめられ・・・ひとはそこで蠢く。誰も彼も、いじめたことなどそのうち忘れ、やがては闇に葬られるのだ。どうしようもない、私達は、いまもその社会で生きている。』

 この文章は、僕がいまから二年ほど前に、さる教育機関誌に匿名で「いじめに附いて」という題名で投稿した文章だった。なんら問題視されることもなかったけれど、実際、高校教師という‘教職’の身にある者が書いた文章だと知れていたら、果たして、どう?であったことだろう。しばし、そのことをも考えていた。その一年後、我が校は、問題の回春教師を生んで、マスメディアが、すわ、と色めきたったとき、僕にはずっと以前から何やかやとものを書き、いろいろな媒体に公表する性癖があり、それらは、昔、見た、有る光景や有る事象を小説文めいて書いてみたりもしていたのだけれど、この文章もその一環に過ぎなかったが、ふと、僕はこの文章を想いだし、「何か、僕の身にもあるのかな?」と微かではあったけれど、その露見?を畏怖、した。ふと、そういう想いがいま、また、新たに翳し始めていた。やがて何もかも終わりが来る?、僕はきっとささやかな安楽のときと忌々しき苦渋を舐めるやもしれぬ、その境界線の只中にあって、自分自身を世情に曝(さら)されることに、実は多大に怯えていたということだろうか?
 そのときは、果たして来た。  
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掌編稿『揺れている、影。』第六稿
2006-12-15 Fri 16:51
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 何かをやりたい、やらねばならない、まだ途上、だが何を僕は成し得た!?何をこれからやろう!?
 くるくると、輪の中でかつての僕がよろめき立つ。何をすべきなのか!?、歳を重ねるごとに僕は、へたりこみ、次第にあくせくしなくなり、自身のいまに未来に興味が失せた!?
 いや、そんなことはないぞ、と幼年の頃の僕が慰(なぐさ)みの情をかけてくる。
 いまの僕には、何も無かった。実際、子供たちのことなどどうでも良かった、などと公言したら、まずいのかな!?
 聖職者としての自分に惑いが有る限り、結局、他人(ひと)は救えまい、よ・・・。
 と、そんなこんなとひとり、よがってみても、結局、今日夕、僕はあの、柳恒星のうちへと参る。また、彼は自分の殻に篭(こも)ってしまった。いや、そう、でもないような・・・、きっと、そう、だと決め付けてしまっては・・・。
 至って話せば、良い子だし、別段、そう、と想うほどのある種、変質的なときに意識の高揚を他人に見せるかのような、所謂、「きれる」性質(たち)でもない。普段は寡黙でおとなしい、子なのに。僕にはよく判らない。自分自身ですら、さして判らないと想っているものが、高校教師、それも生活指導担当教官、とは!?飽くまでも‘副’だが、
 まぁ、いい。
 「よう、恒星、久しぶり。お前、また来なくなったんだな?」
 あっさりと、恒星は自室の部屋を僕に占有、させる。ふたりっきり。ふた親はどちらも、まだ仕事から帰宅の途、ではない。
 「・・・ふふふっ。先生、また、もなみ、やっちゃったんだって?」
 「ん!?、そういうことは、うちにいても地獄耳なんだな」
 「まあね、興味が無いわけじゃない」
 「・・・そうか?」
 窓辺越しに映る、工事現場の、誘導員。
 「なあ?、タバコ吸っていいか?」
 「ああ、いいよ」
 恒星が、灰皿を差し出す。
 「それ、先生専用だから」
 「へえ?オレ専用か?」
 「まあね。先生は特別だから」
 その先は聞かない。ひとつ言えることは、この青年は、僕には何がしかを見いだしているということだろう。
 カエデの葉が左へ右へと落ちていく新興の住宅地。
 「何か、ひとつでもいい。邁進(まいしん)できるものっていうか、オレがこんなことを言ったら語弊があるのかもしれないけれどな、学校には来なくてもいいから、まあ、一身腐乱に打ち込めるものっていうのかな、そろそろ、そういうものを見つける努力をした方がいいな」
 「一身腐乱って?」
 「脇目も振らず、そのことだけを追求する姿勢っていうの?、かな?」
 「そんなものが見つけられるのかなあ?」
 「んなもん、探せばいくらでもある、ある。自分の可能性を信じて、なんでもいい、突き詰めてやればいいのさ。おまえももう、立派な男なんだから。いつまでも柔(やわ)な考えじゃあ、仕様がないぞ」
 「相変わらず、ぼそぼそと語るよね、先生は」
 「よけいなお世話、だっつうの!!」
 いつもこんな感じで、僕は恒星とふたり、おもしろおかしく、喋り昂(こう)じる。
 好きな女の子の話し、凶悪犯罪に対する抗弁、憂憤、関する心理学的話しや、昔、夢中になった偉人に纏わる話し。自分の過去もさらけ出す。いつも話題は多岐に渡る。
 彼らは立派なおとな、だ。少なくともこの僕、なんかより。十分、その小さな脳をフル稼働させていまをけなげに生きている。
 僕には目指すべき地平が、無かった。地平などという漠然とした言い方がおかしいとすれば、僕には目指すべき方向性が無かったと記した方が判りいいだろうか。彼ら彼女らには、きっと凄まじき未来がある。たとえその途上で挫けてもたとえその途上でくずおれても、まだ、取り返しがつく。残されている。そのことに、当人たちが、ふと気づけるか否か。あとでは、やはり遅い。僕は彼ら彼女らの未来の姿、ではない。‘昔は良かった’恒星の自宅から帰る道すがら、僕は電車の吊り皮にもたれつつ、そんな呟きを僕の裡(うち)で吐き出した。僕はまた僕の中に潜る。またしても答えを導けぬ、行きつ戻りつの感情、だった。
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掌編稿『揺れている、影』第五稿
2006-12-08 Fri 18:41
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 日暮れて明け、目覚めると僕は砂糖とマヨネーズをたっぷりと塗りこんだ食パンをほおばる。そうして一杯のスープを流し込むと、実父と実母の遺影に手を合わせる。それが、遠いかつてからの朝、起き掛けの儀式みたいなものになってしまっている。「・・・行かないとな」自分に言い聞かせるように重い腰を上げた。
 高校までは歩いていける距離に在る。後ろ背にキャッキャッと跳ねたかのような嬌声が覆い被さってくる。仲良し三人組。受け持ちの女の子達。
 「何?何?何?今日は来たんだ?」
 「またまたまたあ、さぼり教師ィー!!」
 「うるせー!!、朝一、逢ってなんだよ、おい!!おはようございますだろ!?おはようございます!!」
 「いいじゃん、いいじゃん!難(かた)いこと言わないッ」
 ひとり、輪の中でだんまりを決め込んだ女学生も、興味有りげな目を僕に注ぎ込んでくる。
 「またぁ、いい日に来たねえ。大問題発生!!」
 何がぁ!?という貌で向き直った僕に、最も派手な佇まいの女の子が、「先生、知らないでしょう!?もなみ、またまた、やっちゃった」
 また、回春かと、想わず僕は眉間に皺を寄せた。
 「もなみ、もう、無理!!先生がどんなにかばってあげても、もう無理!!」剣呑に、邪気に、無造作に、暗澹としたことを、その女の子は至極、あっさりと告げてきた。
 受け持ちの女子。万引きや隣市の青年との不純異性交遊等で補導される度に、叱咤し、なにかれと庇い続けてきた女の子であるが、またまた問題を起こしたらしい。
 こういう問題と、きっとまたこの女の子は、受け持ちのクラスの苛め問題を、そんな朝、早くから吹っかけてくる、はずだ。
 「恒星にしても立派に深刻!また学校、来てない」
 不登校学生、柳恒星などという、まったくもったいぶったかのような名を持つ、男子学生の話題も、殊更にいま、言う。
 結局、僕はこの子らに、クラスの情報源みたいなものを仕入れさせてもらっているようなわけで、何かしら、あべこべ、僕にはもうもう、手に負えない。
 昨年冬、我が高は、二年学年主任が、他校、それも中学生らを取り纏め、こともあろうに回春の、元締めみたいなことをしてしまっていたが為、散々、多くのTVマスコミに遣り込まれ、校長以下教師たちは、所謂、ちょっとした風聞にも戦々恐々、懊悩としてしまっている。わけても問題が多いとされるのが、我がクラス。もともと教師という柄では無かったし、だからこそ「持ち回り」と表す一年学年主任だなんて、「とてもとても・・・」と大迎に拒絶、した。やる気ははなから無かった。僕は一職業人としての教師でしか過ぎなかった。だから、教頭や校長に何を言われても、「いつでも僕は辞めても良い、のです」と啖呵を斬れた。
 そんな僕のささやかな救いは、ひとり娘の芽衣(めい)。芽衣は、よくメールを僕にくれる。妻と別れてのち4年。幼かったあの子もいまや中学一年生。芽衣専用の着メロは‘いつメリ’。
 放課後を、校内のベルが告げる頃、僕はその芽衣のひさかたのメールを受けた。「お久しぶり。元気、してた?」可愛い絵文字付きだった。僕はほっと吐息を漏らしつつ、さっさと校門を潜り抜けた。三十路もとうに超えた男の正体をそれら行為が暴露、していた。
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掌編稿『揺れている、影。』第四稿
2006-12-01 Fri 17:05
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 ある時、歓楽街に逃げ込まずだんまり独りっきりも飽いてきたので、神楽坂の叔母の元へと駆けてみた。
 「ご在宅ですか?」案内に出た女中さんに願いでると、奥座敷からかさらさらと何か擦れる音がして、いつ見ても子気味良いほどの着こなしの叔母が現われた。どのような織物かは知れぬ。白足袋がちゃんと品を装っている。
 「どうも、です」
 僕は、僕らしく行儀良く、笑顔を湛えた。僕は本来、きっとそう、なのに一体、いつからこうも、作法なるものを忘れたのだろう。悲しく、なった。
 「最近、どうお?そっちの方?」
 叔母は変わらず世辞を言う。
 「いや、教師なんて、なるもんじゃなかった」
 「あら?、また、そんなことを言って・・・。らしく、ないこと」
 くすくす嗤われて、僕も何か足の裏でもくすぐったいような気分に陥る。僕は幼い時分から、この叔母に育てられた。天涯孤独、というわけでもない。
 「もう、日暮れ時分よ。今日くらい、上がってゆっくりしていけば?」
 叔母はまた、そういう優しい呟きを漏らすが、僕はしばし、また、思案し、丁寧にお辞儀をして踵(きびす)を返した。
 「また、来ます」
 これまで多重人格と疑われるくらいにいろいろなものに興味、嗜好をそそられたが、いまは別に何がしたいだとか、何かを欲するだとか、まず性急さが無い。
 学生の情緒を育んでやるべき立場の者が、こうなのだから、この未来も末、かな!?・・・
 などと、もう想うことさえくだらない感覚を僕の中に巣くわせるのだから、僕もちょっとどうかしている。ただ、叔母に人目逢って、ほっと安心したことはやはりよほどの事実だった。
 さて、このさぼり、なんて教頭に言い訳、しようかな?揺れている、影。

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掌編稿『揺れている、影。』第三稿
2006-12-01 Fri 15:28
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 久方ぶりに駆けてきた東京地方は、陽が翳ったあとの暗転、小春日和の午後となった。相変わらずの喧騒。怒号さえ、街の佇まいに溶けてはいるが、いつ、なんどき悲痛な響きを伴った声を発する、ことか、無償に落ち着きを取り戻せない。
 僕は、この街でかつての彼女と八月(やつき)を過ごした。
 無論、今では苔むすアパートの跡も無く、壮麗なマンションが立ち並び、あの頃の想い出はこの胸にのみ、透くんでいるきりだ。
 井の頭線、明大前から次の急行停車駅。僕は二十一、この場所で住処(すみか)を得た。
 なぜ、また、この場所へ?僕は答えの有る、問いを僕にぶつけて嗤う。ふと、見やると歩道の端に白線が引いてあり、その中に血痕らしき跡が点在している。僕の記憶は、ふらふらと大久保界隈で一人暮らしをしていた頃に手繰り寄せられる。起きしな、遅れそうだと慌てて駅へと駆けていくあの時の僕の傍らで、それら血痕を前に群れていた警察官の佇まい。ちらと見えた赤い粒の跡は夜半、寝入っていた僕をとっさに呼び起こすほどに剣呑なほどの、銃弾らしき、いや、そうとしか想えぬほどの大音響に通じている、もののはずだ。
 この街はドラマや映画の一シ-ンが、普段、さも当たり前のように横たわる、まさに夢幻の居所。不思議と「いやなものを見たな」とは想わない僕の心根も、どうやら年齢を重ねるごとにたびたび僕の意表を突いた、いくつかの迷いごとのせいで、憂さをいっぺんにさも拭えないほどの騒乱のせいで、邪で自分さえ良ければそれでいいんだと、どんな逼塞する事態でさえ袖を振った奴らの傲慢さのせいで、見事、いわば拡散され、多分、生まれついて持っていたはずのものさえもすでに失くしてしまったのかもしれず、などと僕は僕のそんな想いにまた苦笑いさえ生じて気色張る。
 バイクへと跨り、東へと疾駆、した。
 乾いていた。何もかも。嘘っぱち。
 後ろ背に、僕の意識が何者かを憂えていることを強く、強く、感じる。
 風の只中で、僕は「来るんじゃなかった」と、僕は僕のこの後悔のまま駆けていく。僕は、この道の、先の静かな佇まいを呈する湖畔のほとりで生まれた。生まれた場所しか、もう僕の憂いごとを覆せない。
 「どこへ行ってもひとは変わらないよ」
 多重な心根がまた天邪鬼な僕自身を嘲笑う。
 (厭だね・・・こんな性分)
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掌編稿『揺れている、影。』第二稿
2006-11-28 Tue 18:54
 『揺れている、影。Another shadow』①
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 さよなら、と心に誓って書き濡らした文面が、おどけている。彼女は「また、逢いましょう」と告げた。だが、彼は、「僕のことは、忘れてくれ」と言い返した。長い年月の、いや、あまりに早い時期に、ふたりは再会、したのだ。偶然の産物?・・・巡り逢いと言ってしまうにはあまりにも、早すぎる再会。
 どちらも、似た者通しなのだ。事を急ぎたがる、結論をすぐ出したがる、想い込んだら一生懸命、周りが見えない、見境が無くなる、まったく恋路に一途。他人の、いや、相手への気遣いが出来なくなる・・・。普段は、あんなに心根の優しいふたりなのに。
 どちらも、その渾身、「幸せ」を希求、している。運命の、生まれたときからの赤い糸で実はちゃんと結ばれているふたりなのに、何故にふたりはいま、離ればなれなのだろう。
 結ばれている?、そう、疑う術もなく、実はふたりは結ばれている。なのに、ふたりには、その微かな細線(さいせん)しか見えない。その微かな線でさえ、消え入るようで、見えがたい。つまり、ふたりは結ばれたが最後、生涯を共にする、同士だからこその神のいまや、離ればなれ、ご宣託なのである。
 これは、何もいまに始まったことではない。遠くギリシャ神話の時代から、シェークスピアの時代から連綿と繰り返された、見えざる者の「儀式」。愛する者同士への神の「何者をも冒すことが許されぬ、神聖なる儀式」なのである。
 離ればなれになるなら、なればよい。繰り返すなら繰り返せば、それで、よい。その見えざる者はあまりに無責任な振る舞いを、その毎日毎夜の「神聖なる儀式」だと考えている。「あとは、あなたがた、ご随意に、だ。」勝手きまま、わがまま、放題、やりたい放題、どうにでもしてくれー、だ。

 そんな神から産み落とされた者こそが、また人間という者だ。人間は哀れ、である。見えているものでさえ、拾わぬのだ。

  拾わない?
  ならば、形にして見せましょうぞ!!

 彼には、ほんの少しだけその彼女が拾わないものを、形にする能力が備わっていた・・・。

 いや、実はその刹那、神の「新たなるご宣託」が下されたのだ。形にしたものを、再び、見えざる者が取り上げる。そう、その形にしたものを、あの大いなる母とも謳われる、大海原にこともあろうか、棄てさせてしまったのである。
 ここから、再び、ふたりの苦悩は始まった。
 その海に、ふたりは再び、また行こうとしている。
 彼は、彼女に、こう、呟いた。
 「ここから、また、始めよう」
 さよなら、とは始まりの為の見えざる者、その「冒すべからず、神聖なる儀式」である。
 このふたりに、その「気まぐれなる神のご加護よ、きっとそそいでおくれ、よ!!」

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掌編稿『今宵の月のように、雨もまた』
2006-11-26 Sun 07:28
 いいじゃない?淋しそうだったから、慰めてやったまでよ。男の子、だもの。そりゃあ、泣きたいときだってあるさ。仕事、だけが能じゃないよ。ときには、ぼんやり触れ合ってもいたいでしょ?判ってあげな。察してあげなよ。そんな、ひとばかり攻撃するんじゃなくてね。なんだか、亮ちゃん、昔の出遭った頃の人一倍、優しい心遣い、ここんところめっきり鳴りを潜めていけすかないよ。ちょっと意固地に鳴り過ぎてない?、肩肘張って、あんたはそれでいいかもしれないけれど、周りの他人、巻き込んでどうも、それはちょっと違う。本来のあんた、らしくないよ。つらいね。きっといま、何もかも上手くいかなくて。でもひとの人生、いろいろあって、だからこそ嬉しいことが、より一層、こ気味いいって言うかさ。いっぺん、わたしでいいから吐き出してみたら?想うこと全部さ、吐き出してみたら?
 あら、雨が降ってきた。いま時分、珍しい。悲しい雨、だね。まるで亮かんのいまのこころを照らしているかのようだね。ははっ。わたしだってたまにはこんなことも言うんだよ。嗤うのは失礼、だよ。雨なのに、ぽっかり月が見えるね。明日も雨かな?。でも、いいじゃん?一日、雨もまた時にはいいもんだよ。「時雨のときに今宵の月がまた胸に染む」
  つらい時は 想いっきり泣けば
  いいんだよ
  なんて気安く
  言うなよ
  けど、なんだか嬉しい
  俺にはこんな時
  慰めてくれる
  君が居る
  俺は素直に
  その‘見えざりしもの’に
  感謝するね
  ありがとよ
  ちったあ辛いが
  ほんとにちったあ気が晴れた
  ありがてえ
  ほんとにそんな想い
  随分
  忘れちまってたね
  想いだした
  俺の傍らで俺の笑顔を褒めて
  くれる奴がいる
  それだけで俺はほんとさ
  生きてきて良かった
  まぁ
  「太陽は西へ沈む」って
  時にはいいことを言うじゃねえか
  当たり前のことを当たり前に想えなくなった時
  俺は俺じゃ無くなるんだろうね
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掌編稿『歩まぬ記』
2006-11-22 Wed 07:46
 紅い火の粉が舞う。たとえばこれを僕は捉(とら)えきれない。何故ですって?言うまでも無く、僕は臆病者、だから。
 さや青空の、貫(ぬ)けた先。たとえばそれを僕は、従えきれない。何故ですって?言うまでも無く、僕はいまを欲しがるひと、だから。

  生きていたいのです。
  出来れば、限りなく。
  僕は、いついつまでも、
  生きていたいのです。
  誰よりも、そう、なのよ、
  そう、です、誰よりも。
 
 けれど、もう、辛(つら)い。酷過ぎる。
 僕は自由、では無い。全く、もはや生きてはいない。
 緑の大地は、どこの育ちのひとの物!?
 僕の身辺、騒がしくって厭になる。
 白雪のゆらゆら、漂う丘。僕は、いまをここに棲む。僕はそんな情景の、ほんのその、白雪に溶けいりたいと心底、思案、した次第です。
 からから、紫半纏(はんてん)を着た老婆が傍らを、通る。手押し車を引きながら。「あら、どちらまで?」
 僕は、振り向いて「・・・・・・」
 そう、発してあと、その二キロ先で、その白雪に成る。
 酷寒、地獄、阿弥陀様。あんなにまで虐げられて、苛められて、「うざい、寄るな、驕るな」と云われ続け、もう、僕は、生きてはいられません。
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掌編稿『実は、‘天使’は恒に嗤っている』
2006-11-21 Tue 06:50
 ああ、あれを見ちゃあ、いけません。
 あれは人間という奴、です。
 空々しくも丹精に拵(こしら)えられた美しく綺麗な姿、形をしておりますけれど、見ようによっちゃあ壮麗可憐な貌立ちではございますけれど、騙されちゃあ、いけません。
 その心根は、動植物中、いいや、基(もとい)、生殖物中、もっとも醜悪、もっとも凶悪、とてもとても見るに値、するものではございませぬ。気にいらなけりゃあ、直ぐ殺戮を繰り返すし、強盗、強姦、窃盗の類、「人間らしい感情」だなどと、さももったいぶったかのような方便を考えつく癖に、裏では何、ひどいことばかり。そういう状態を人間界なるものでは「ひととしての風上にも置けない」などと、またさも、成人君子ぶりやがって、阿呆抜かせ!!。
 おや?なんですと。あなたさまのご先祖は、あの人間という生き物でございますか?それは誠に誠にご愁傷さま。けれど先年、ようござりましたね。あの人間なるものとこちらの聖域、憂憤無き世界とを切り離す装置、と申しましょうか、神のご宣託がございましてね。ええ、よう、ござんした。
 ええ、ええ、まあまあ、よう、ございましたよね。いまじゃ、立派に退廃し、絶滅し、化石化し、こうして展示品として置物として、観覧するばかりとなりましたものね。
 ハハハッ、ご明察!!展示されているものを見ちゃあいけないだなんて、まったく、どうも、あいすまぬ酔狂、とやらを。
 それにしても、まあ、なんと申しましょうか、日の翳るのもここのところ、お早いじゃあございませぬか?、いや、わたくしの聞き及んでおる範囲にてお話し、申しますれば、何、神様が、ここのところ、季節も日の按配も、何事か、思案致される段、そちらの方にも、ご宣託、ご介入なさっていられるとか。あら、どう、致しましょう。ご介入だなんて滅相なもの言いを。仕様が無い、のですよ。先年、この地上から人間なる生物を消失せしめ、まったく、その傀儡、その影すらお失くしになられた限りは、いろいろと他のまあ、つまり自然界にもご介入なさらねばならぬのかと。何しろ、その自然界をも掌握しようだなんて傲慢ちきなことを考えついたのが、あの人間輩(やから)というものでして。神ゆえのアート、正に芸術の極み。その自然界を人工造として変えてしまおうと図ったものこそ、人間という、この生殖物界、もっとも剣呑な生き物、人間という生物、でして。
 まあ、自業自得と申しましょうか、恒にこの世は神様のその思慮の裡(うち)。悪いことは、そうそう続きませぬわな。ならば、ここぞとばかりにご介入。あら、まあ、どうしたこと。またまたご介入だ、などと。誠にお恥ずかしき限り。
 なにしろ、わたくしは、あの人間どもほど教養なるものを身につけてはおりませぬ。うわっはっはっ。ええ、まあ、悪しからず。
 あらあら、どちらに行かれるというのやら。まだまだ人間どもの醜悪ぶりは千と万と話し足らぬというのに。ああ、淋しき限り・・・
 ・・・、はいはい、ごうござりますよ。早、お後がよろしいようで。
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| 美城丈二@魂暴風;Soul storm*a dawn note |
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