永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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孤独という名の通念‐小難しい理屈はともかくとして。
2006-07-22 Sat 20:08
 「孤独」というものを、僕はしょっちゅう感じる部類の人間だ。だからといって、「もはや、この生を絶とう」だとか、「生きていてもしょうがないじゃん」だとか、そういう意識化に自身を追い込む気は、いまや三十路陥落、四十路、この歳で毛頭、無い。「前向きに」僕なりに歩んでいるはずだし、一片、底に落ち込んでもなんとかかんとか這い上がってゆけるだけの意気はやはり、どこかに持ち合わせていると思う。

 だから、「孤独」という観念はいまや僕にしてみれば、りっぱに自身の想像力を高めるうえでの一心持ちに過ぎないのかもしれない。ひとりではあるが、このひとりという立場を上手く、いわば肥やしにして生きていかないとはなはだ精神衛生上も良くない、と言えるかも。

 僕という人間がどうしても必要とあらば、僕はその立場に僕自身を置くことも努めて忌み嫌わぬけれど、そういうことはまあ、どのみち、当分無いことだろうから、僕はまた毎日毎日、自分流儀で生きていけるわけです。

 現代における「癒し、癒され」論議。孤独とはつまり寂しいという想いにどこか似かよっていよう、とは想うけれど、実際の話し、孤独という言葉の響きには、何か、この「癒し、癒され」といった言葉の世界とはまた違うかのような重いテーマを背負わされているような気がしてならない。

 ひとは恒にどこか、わびしい生き物だろうとは思います。けれどそれをつとめて意識しだしたらとりとめが無い、とも思うわけです。

 「孤独」というものを、僕はしょっちゅう感じる部類の人間だ。と、意識化してしまうと、あら、不思議、見えてくるものがあったりして・・・・・・。

 「孤独」この想いの中では恒に、僕は「孤独」の中に入り込んでいる。他者が見えない。他人が見えない。自分そのものの立場しか考えていない。これじゃ駄目!!まずは、僕はこういったイメージの世界から脱出せねば・・・・ほんに先に進めないだろうと考えています。

 すこしづつですが、こんな感じで、そうしてそのうち連載物もはじめようかと思いますので、どうぞ今後共末永く宜しくお願い致します。 丈
 
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