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2008年09月06日 06:29

文学青年、この「砕けぬ」先の古本屋街。

2006年08月08日 22:30

 東京、神田、神保町。
 そこは僕のかつての「楽園」だった。
 僕は二十歳。なにものかにさえ「屈せぬぞ」と息巻く、青臭い田舎出の文学青年だった。
 どこか夢見がちで、けれどとことん、
 「書くもの」で自身を鼓舞したりけなしたりと、まあ、とにかく、自分でもいま、振り返って呆れるほど、「文学者然」を気取っている時期でもあったような気がする。

 僕は、自分に迷いが生じたり、勿論調べたいことがあったりすると、あの頃、間違いなく、神保町行きの地下鉄に乗っていた。
 着くなり、片っ端から、本屋をしらみつぶしに巡っていく。
 僕はああいった場所でも、どこか立ち読みが出来ぬ性質だったので、いつもその帰りは、古本をやまのように抱えて文字通り、「ふうふう」言いながら、帰路に着いたものだった。

 当時の彼女からは、「そのうち、古本で身動き出来なくなるよ」とよく笑われたものだけど、あの頃が最も僕がどんよくに、何かを吸収したいと想っていた時期でもあったろうと想う。

 いまでも、あの町は変わらないと聞く。「次代の革命家と哲学者、冒険家と文人、詩人と、さて、ペテン師、偽善家と経済学者、医者に粋人、果ては世捨て人と立役者・・・」、様々な後続の世代が行き来する通り」でもあろう、神保町は、いまだに遠く古里にあっても色あせない、輝きを僕に与えてもくれる。


 あの頃、僕はひとにどこか剣呑であった。本の中に埋没、していた。けれど、それも疑いようの無い、まして、紛れも無い、僕だけの「青春譜。」
 どこか、放浪者然とも、していた。
 「出来るなら、この身、この町で消滅したい。」とも想い焦がれた時期にも重なっている。
 僕は、決まって凛としていた。僕のこの頭の中に思想がいっぱい詰まっていた頃のお話しです。
 


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