永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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哀しみばかりを語るんじゃないよ。
2006-12-19 Tue 21:13
 「哀しみばかりを語るんじゃないよ。苦しみばかりを語るんじゃないよ。愉しみばかりを書いたって誰も振り向きはしないものだよ。いいかい!?心で語りなさい。喜怒哀楽、ひとの心には誰しもに、その心なるものが根ざしている。あなたには、その心を見通せる技量が既に備わっておりますよ。ゆっくり、自身を見つめ直すことです。それが、あなたの明日を創るのですよ。いいですか?己を見つめてください」それが、僕が20代前半の頃に、さる、師から賜った言葉。 

 その師がお亡くなりになり、既に十数余年。還らぬひとと想いながらも、いまだにその師の夢をよく見てしまう。師はあまりにも著名であったが、僕なんかを捕まえてよく、謎かけをしてくれた。たとえれば、ふたり、街中を連れ立って歩んでいる。いきなり、あの青年、どう想う!?なんて呟かれる。「はい?」などと僕は返答に窮し、まごまごしていると、「人間を語るには、人間を観察するのが一番です。」とおっしゃられた。せっせと書いたものを括っては先生の居所へ行き、ご評価を賜る。ご自宅にお電話すると、大抵、奥様が出られ、「今日はどこどこに・・・」とお教えくださり、その地が都内某所なら、僕はかの地へと飛んで行く。その繰り返しの時期が三年ばかり、続いた。小説執筆、その間に僕は、映画館と酒場と女の子に夢中な、どこにでもいる青年だった。

 苦しかった。でも恒にどこか誇らしげであったのではと想う。僕は偉大な師を独占、している。いまでは誠、美しき日々。時が巡り、「輝いていたな・・・」などと僕もいっぱしにさもてらいなく、あの頃を振り返る歳になった。つい、先達て、かの師の夢を見た。師は夢の中で、僕にこう、言っていた。「いまは、苦しくてもきっとまた、輝いていたなと想えるときがまいりますよ。」あまりにも示唆的で僕は、夢から覚め驚愕していた。

 師の身体は没しても、その御霊はいまだ僕のなかにあるのだな、と僕は僕を慰めてみる。師の功績は、今更ながらに燦然と煌いている。僕は、その足元にも及ばない未完の作の山、山、山だ。だからこそ僕はこの歳になっても、かつての師を仰ぎ見る。その前に鎮座する想い。師は、僕にはとても優しかった。けれど書くものには手厳しかった。普段の師は、あんなにも慈愛の込められたお言葉を、僕に注いでくださられた。想い起こせばちょっと泪が溢れそうになる。師は、その書く物、書く物、人間のはかなさをこれでもかこれでもかとまるで迫り来る大鬼の如き筆致で、ものされていた。その姿勢は死する、その日までけっして妥協なさらぬもののように想えた。なのに普段はとても柔らかい微笑と暖かい言葉を選んでかけてこられる方、だった。

 僕もいつかは、
 そんな師とまた巡り合うことでしょう。
 師は「その日はまだですよ」と、
 夢の中でいまだ手招きをしてくださらない。
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夏眠
2006-12-19 Tue 17:19
 笑い噺みたいで恐縮なのですが、「夏眠(かみん)」という言葉をご存知でしょうか!?冬眠という言葉は、よく聞きますが、「夏眠」・・・?先達て中国の古書を紐解いておりましたら、そういう単語が出てまいりました。父の書庫、無論、翻訳書なのですが、かの地には古くから、この言葉が存在しており、まさに夏の暑い盛りを避け、ほこらみたいな場所で人知れず、うんと暑い時期を眠るがまま過すことを指して、そう言うのだそうです。転じて仮眠、そう、この言葉はここから来ているらしいのです・・・。

 東京の某所では、リラクゼーションの一環として、人間ひとりをすっぽり覆うかのようなカプセルの中に入り込んで、この暗闇の最中、「せせらぎ」だの「鳥のさえずり」などの音だけを流してもらい、まさに仮眠する行為がいっとき盛んに流行っているなどということを在京時代の後輩に聞いたことがございます。一時間、数千円。彼女は職場からの昼休み、ごはんも食べず、この行為をすでに半年ばかり、続けているなどということも聞きかじり、うーん、我が古里は、彼女なんかにしたら、かなりご満悦な空間だろうなと想い返し、「どう?、良かったら今度の連休あたり、試しにこっちに来てみたら?」と軽いのりで応えたら、彼女は乗り気になりまして、マジでこの地に参りました。ですが、どうやら、彼女、あまり勘考が湧かなかった様子。「どうして!?」と尋ねてみましたら、その頃まだ彼女、20代の前半だったのですが、「一から十まで、こんな感じだとなんか変にリラックスして、まるでおばあちゃんになった気分。却って気持ちが悪いような気がする」と、のたまわった。

 ひと、というものはやはり贅沢に出来ている?その言葉を聞いて、僕は想ったものでした。
 (そういえば、かのチェーホフは書いていたな。「女は恒に完璧な環境を求める。」)
 いや、そうではなく、「女は恒に完璧な男を求める」の隠語とも言うべき言葉なのですが、リラクゼーション、「夏眠」という言葉から僕はそんなこんなを連想してしまいました。皆さんは、どうでしょうか!?せせらぎの音や、ひぐらしの鳴き声ばかりのひがな一日、その空間に芯から浸れましょうかね!?刺激的なものからはまったくといってよいほど閉ざされておりますよ。
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掌編稿『揺れている、影。』第七稿
2006-12-18 Mon 16:00
 『揺れている、影。Another shadow』②
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 『いじめに附いて、謂いえる想いは、わたしの幼い頃から、つまりずっと以前から、「そう、いうものはあった」という事実、のみだ。「昔は、陰湿じゃあ、無かった」「いまは、痛みを知らないから、こんなことをしたら死んでしまうといった見境が判らない」どこかでそんな言葉を聞いたが、いじめられていた、つまりいじめられっ子であったわたしから言わせれば(ただ、或る時期を過ぎ、その世界は消滅したけれど)昔もいまと変わらず、その行為は陰険であった。病弱な母が、自身に鞭打って作ってくれたお弁当が、あっさりとその中身を捨てられていることを知ったときの、横溢、懊悩。そのものずばり「死ね」だの「生きてる意味が無い」だの、その存在意義自体を否定する言葉の数々。当時、言葉の暴力といういいようは無かったけれど、そういう想いに囚われて、なんど死のうと想ったことか・・・。
 ひと一倍、おとなぶった意識が、当時のわたしを苦しめ、疎外感は日に日に増幅、された。
 結局、なんの大袈裟な物言いではなく、格差社会、差別認識、資本主義という、ユートピア精神に反した、この日本という社会でまさに経済的に大いなるひとそれぞれ多大にあまりの格差がありうるこの成人という社会で蠢いている、虐げられている民族において、いじめが無くなるはずは無い。「あなたよりもわたしは裕福」事実、この傲慢さが知らず知らず、子供たちに蔓延し、いじめを助長する。指導すべきお役人、率いる先生自体がこの蚊帳の外、ではないから、いじめはやがても終わらない。わたしたちは、そういう認識のもと、ふだん、生きてもいないかもしれず、だから、わたしのこの言も、ただの「ひとりよがり」或いは「黙殺される」ままである、あろう。

 そういう想いを、「小説にしてみたら」とさる方に進言されたことがある。「いや、まだまだ生々しくて」その方は、もう、何十年前の話し!?、いつの時代のこと!?、いい大人が!?みたいな貌をなされた、あの不遜な首の傾げ方をわたしは当時、見逃してはいない。いじめられた者だけにしか判らない、心理の綾、というものが、そこにはあるのである。
 ひとは、どこまでいってもまた、他者を窺い知れない。当たり前、と言ってしまえばそれまでだが。いまは、まさに自分のことだけで精一杯の時代、時勢であろううから、ことは重大だ。いじめは無くならない。そのことが露見し、ただただ隠蔽しようと謀るおとなたちがいたとしても私は殊更に彼らを否定もしない。また、翻ってわたしも十二分にいじめる側の当事者にいつなんどき、なるやもしれないのだから。
 いじめ、いじめられ・・・ひとはそこで蠢く。誰も彼も、いじめたことなどそのうち忘れ、やがては闇に葬られるのだ。どうしようもない、私達は、いまもその社会で生きている。』

 この文章は、僕がいまから二年ほど前に、さる教育機関誌に匿名で「いじめに附いて」という題名で投稿した文章だった。なんら問題視されることもなかったけれど、実際、高校教師という‘教職’の身にある者が書いた文章だと知れていたら、果たして、どう?であったことだろう。しばし、そのことをも考えていた。その一年後、我が校は、問題の回春教師を生んで、マスメディアが、すわ、と色めきたったとき、僕にはずっと以前から何やかやとものを書き、いろいろな媒体に公表する性癖があり、それらは、昔、見た、有る光景や有る事象を小説文めいて書いてみたりもしていたのだけれど、この文章もその一環に過ぎなかったが、ふと、僕はこの文章を想いだし、「何か、僕の身にもあるのかな?」と微かではあったけれど、その露見?を畏怖、した。ふと、そういう想いがいま、また、新たに翳し始めていた。やがて何もかも終わりが来る?、僕はきっとささやかな安楽のときと忌々しき苦渋を舐めるやもしれぬ、その境界線の只中にあって、自分自身を世情に曝(さら)されることに、実は多大に怯えていたということだろうか?
 そのときは、果たして来た。  
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掌編稿『揺れている、影。』第六稿
2006-12-15 Fri 16:51
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 何かをやりたい、やらねばならない、まだ途上、だが何を僕は成し得た!?何をこれからやろう!?
 くるくると、輪の中でかつての僕がよろめき立つ。何をすべきなのか!?、歳を重ねるごとに僕は、へたりこみ、次第にあくせくしなくなり、自身のいまに未来に興味が失せた!?
 いや、そんなことはないぞ、と幼年の頃の僕が慰(なぐさ)みの情をかけてくる。
 いまの僕には、何も無かった。実際、子供たちのことなどどうでも良かった、などと公言したら、まずいのかな!?
 聖職者としての自分に惑いが有る限り、結局、他人(ひと)は救えまい、よ・・・。
 と、そんなこんなとひとり、よがってみても、結局、今日夕、僕はあの、柳恒星のうちへと参る。また、彼は自分の殻に篭(こも)ってしまった。いや、そう、でもないような・・・、きっと、そう、だと決め付けてしまっては・・・。
 至って話せば、良い子だし、別段、そう、と想うほどのある種、変質的なときに意識の高揚を他人に見せるかのような、所謂、「きれる」性質(たち)でもない。普段は寡黙でおとなしい、子なのに。僕にはよく判らない。自分自身ですら、さして判らないと想っているものが、高校教師、それも生活指導担当教官、とは!?飽くまでも‘副’だが、
 まぁ、いい。
 「よう、恒星、久しぶり。お前、また来なくなったんだな?」
 あっさりと、恒星は自室の部屋を僕に占有、させる。ふたりっきり。ふた親はどちらも、まだ仕事から帰宅の途、ではない。
 「・・・ふふふっ。先生、また、もなみ、やっちゃったんだって?」
 「ん!?、そういうことは、うちにいても地獄耳なんだな」
 「まあね、興味が無いわけじゃない」
 「・・・そうか?」
 窓辺越しに映る、工事現場の、誘導員。
 「なあ?、タバコ吸っていいか?」
 「ああ、いいよ」
 恒星が、灰皿を差し出す。
 「それ、先生専用だから」
 「へえ?オレ専用か?」
 「まあね。先生は特別だから」
 その先は聞かない。ひとつ言えることは、この青年は、僕には何がしかを見いだしているということだろう。
 カエデの葉が左へ右へと落ちていく新興の住宅地。
 「何か、ひとつでもいい。邁進(まいしん)できるものっていうか、オレがこんなことを言ったら語弊があるのかもしれないけれどな、学校には来なくてもいいから、まあ、一身腐乱に打ち込めるものっていうのかな、そろそろ、そういうものを見つける努力をした方がいいな」
 「一身腐乱って?」
 「脇目も振らず、そのことだけを追求する姿勢っていうの?、かな?」
 「そんなものが見つけられるのかなあ?」
 「んなもん、探せばいくらでもある、ある。自分の可能性を信じて、なんでもいい、突き詰めてやればいいのさ。おまえももう、立派な男なんだから。いつまでも柔(やわ)な考えじゃあ、仕様がないぞ」
 「相変わらず、ぼそぼそと語るよね、先生は」
 「よけいなお世話、だっつうの!!」
 いつもこんな感じで、僕は恒星とふたり、おもしろおかしく、喋り昂(こう)じる。
 好きな女の子の話し、凶悪犯罪に対する抗弁、憂憤、関する心理学的話しや、昔、夢中になった偉人に纏わる話し。自分の過去もさらけ出す。いつも話題は多岐に渡る。
 彼らは立派なおとな、だ。少なくともこの僕、なんかより。十分、その小さな脳をフル稼働させていまをけなげに生きている。
 僕には目指すべき地平が、無かった。地平などという漠然とした言い方がおかしいとすれば、僕には目指すべき方向性が無かったと記した方が判りいいだろうか。彼ら彼女らには、きっと凄まじき未来がある。たとえその途上で挫けてもたとえその途上でくずおれても、まだ、取り返しがつく。残されている。そのことに、当人たちが、ふと気づけるか否か。あとでは、やはり遅い。僕は彼ら彼女らの未来の姿、ではない。‘昔は良かった’恒星の自宅から帰る道すがら、僕は電車の吊り皮にもたれつつ、そんな呟きを僕の裡(うち)で吐き出した。僕はまた僕の中に潜る。またしても答えを導けぬ、行きつ戻りつの感情、だった。
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掌編稿『揺れている、影』第五稿
2006-12-08 Fri 18:41
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 日暮れて明け、目覚めると僕は砂糖とマヨネーズをたっぷりと塗りこんだ食パンをほおばる。そうして一杯のスープを流し込むと、実父と実母の遺影に手を合わせる。それが、遠いかつてからの朝、起き掛けの儀式みたいなものになってしまっている。「・・・行かないとな」自分に言い聞かせるように重い腰を上げた。
 高校までは歩いていける距離に在る。後ろ背にキャッキャッと跳ねたかのような嬌声が覆い被さってくる。仲良し三人組。受け持ちの女の子達。
 「何?何?何?今日は来たんだ?」
 「またまたまたあ、さぼり教師ィー!!」
 「うるせー!!、朝一、逢ってなんだよ、おい!!おはようございますだろ!?おはようございます!!」
 「いいじゃん、いいじゃん!難(かた)いこと言わないッ」
 ひとり、輪の中でだんまりを決め込んだ女学生も、興味有りげな目を僕に注ぎ込んでくる。
 「またぁ、いい日に来たねえ。大問題発生!!」
 何がぁ!?という貌で向き直った僕に、最も派手な佇まいの女の子が、「先生、知らないでしょう!?もなみ、またまた、やっちゃった」
 また、回春かと、想わず僕は眉間に皺を寄せた。
 「もなみ、もう、無理!!先生がどんなにかばってあげても、もう無理!!」剣呑に、邪気に、無造作に、暗澹としたことを、その女の子は至極、あっさりと告げてきた。
 受け持ちの女子。万引きや隣市の青年との不純異性交遊等で補導される度に、叱咤し、なにかれと庇い続けてきた女の子であるが、またまた問題を起こしたらしい。
 こういう問題と、きっとまたこの女の子は、受け持ちのクラスの苛め問題を、そんな朝、早くから吹っかけてくる、はずだ。
 「恒星にしても立派に深刻!また学校、来てない」
 不登校学生、柳恒星などという、まったくもったいぶったかのような名を持つ、男子学生の話題も、殊更にいま、言う。
 結局、僕はこの子らに、クラスの情報源みたいなものを仕入れさせてもらっているようなわけで、何かしら、あべこべ、僕にはもうもう、手に負えない。
 昨年冬、我が高は、二年学年主任が、他校、それも中学生らを取り纏め、こともあろうに回春の、元締めみたいなことをしてしまっていたが為、散々、多くのTVマスコミに遣り込まれ、校長以下教師たちは、所謂、ちょっとした風聞にも戦々恐々、懊悩としてしまっている。わけても問題が多いとされるのが、我がクラス。もともと教師という柄では無かったし、だからこそ「持ち回り」と表す一年学年主任だなんて、「とてもとても・・・」と大迎に拒絶、した。やる気ははなから無かった。僕は一職業人としての教師でしか過ぎなかった。だから、教頭や校長に何を言われても、「いつでも僕は辞めても良い、のです」と啖呵を斬れた。
 そんな僕のささやかな救いは、ひとり娘の芽衣(めい)。芽衣は、よくメールを僕にくれる。妻と別れてのち4年。幼かったあの子もいまや中学一年生。芽衣専用の着メロは‘いつメリ’。
 放課後を、校内のベルが告げる頃、僕はその芽衣のひさかたのメールを受けた。「お久しぶり。元気、してた?」可愛い絵文字付きだった。僕はほっと吐息を漏らしつつ、さっさと校門を潜り抜けた。三十路もとうに超えた男の正体をそれら行為が暴露、していた。
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かつての‘破廉恥’な恋人たちと未来の‘異業なる’詩人たちへ
2006-12-08 Fri 15:58
 好きでしようがなかった、からこそ結ばれなかったのだと想う過去さえ、呪わしいものは無い。この世情には、男と女、ふたつっきりだ。どんな感情流布、激しい人間でも崇高なる精神を宿す、高邁な一偉人でも、異性への感情、そのものを飛び越えようとせぬ限り、その世界は見出しえなかったはずだ。いまや、巷には、男と女の物語は溢れに溢れ、「もう、そういうものは・・・」とあえて、聞くともなしにはなっから拒絶する者も多いけれど、その底にはやはり、この世にひととして生を受けた者特有のジレンマが見え隠れしており、まったく痛々しき想いに囚われて、こちらは何も言えなくなる、なんて場面に遭遇したことさえ、かつて、ある。
 何故に、ひとは生きるのか!?ひと、それぞれにその命題は異なる。しかし、今更ながらに想うことのひとつとして、何人もこの性感情から、逸脱出来ないように、神はすでに生まれながらにして、ひとという生き物に、その遺伝子を組み込んでいる、という事実のみ。
 ひとえに好き、という感情は他者の、その何人も侵すことの出来ない、そのひと固有のもの、だろうから、この世情から、幾多の数限りない恋愛絵巻は、きっと未来永劫、終わらないことだろう。性犯罪も、その範疇、しかり。
 僕は、過去を憂うひと、である。そこに拘るものばかり書いてきた。そこから飛び越えようとして、頓挫し、またぞろいま、過去の物語ばかり、書き連ねている。苦しいものだ。苦しき限り。願わくば、この苦しみに見合うばかりのなにがしか、未来のご宣託を得たいものだ、などと想う心根こそ、厭わしいものはないだろうけれど、それにしても、僕はますます書き続けていくことであろう。僕は飽きることをしらない、ひとなのだ。この筆は、息、絶えるまで置かない。死ぬまで、神のその遺伝子やらというものにやんやと対峙して生きていきたい。僕も人の子。結局、女と男のことしか、書けません!!。
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掌編稿『揺れている、影。』第四稿
2006-12-01 Fri 17:05
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 ある時、歓楽街に逃げ込まずだんまり独りっきりも飽いてきたので、神楽坂の叔母の元へと駆けてみた。
 「ご在宅ですか?」案内に出た女中さんに願いでると、奥座敷からかさらさらと何か擦れる音がして、いつ見ても子気味良いほどの着こなしの叔母が現われた。どのような織物かは知れぬ。白足袋がちゃんと品を装っている。
 「どうも、です」
 僕は、僕らしく行儀良く、笑顔を湛えた。僕は本来、きっとそう、なのに一体、いつからこうも、作法なるものを忘れたのだろう。悲しく、なった。
 「最近、どうお?そっちの方?」
 叔母は変わらず世辞を言う。
 「いや、教師なんて、なるもんじゃなかった」
 「あら?、また、そんなことを言って・・・。らしく、ないこと」
 くすくす嗤われて、僕も何か足の裏でもくすぐったいような気分に陥る。僕は幼い時分から、この叔母に育てられた。天涯孤独、というわけでもない。
 「もう、日暮れ時分よ。今日くらい、上がってゆっくりしていけば?」
 叔母はまた、そういう優しい呟きを漏らすが、僕はしばし、また、思案し、丁寧にお辞儀をして踵(きびす)を返した。
 「また、来ます」
 これまで多重人格と疑われるくらいにいろいろなものに興味、嗜好をそそられたが、いまは別に何がしたいだとか、何かを欲するだとか、まず性急さが無い。
 学生の情緒を育んでやるべき立場の者が、こうなのだから、この未来も末、かな!?・・・
 などと、もう想うことさえくだらない感覚を僕の中に巣くわせるのだから、僕もちょっとどうかしている。ただ、叔母に人目逢って、ほっと安心したことはやはりよほどの事実だった。
 さて、このさぼり、なんて教頭に言い訳、しようかな?揺れている、影。

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掌編稿『揺れている、影。』第三稿
2006-12-01 Fri 15:28
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 久方ぶりに駆けてきた東京地方は、陽が翳ったあとの暗転、小春日和の午後となった。相変わらずの喧騒。怒号さえ、街の佇まいに溶けてはいるが、いつ、なんどき悲痛な響きを伴った声を発する、ことか、無償に落ち着きを取り戻せない。
 僕は、この街でかつての彼女と八月(やつき)を過ごした。
 無論、今では苔むすアパートの跡も無く、壮麗なマンションが立ち並び、あの頃の想い出はこの胸にのみ、透くんでいるきりだ。
 井の頭線、明大前から次の急行停車駅。僕は二十一、この場所で住処(すみか)を得た。
 なぜ、また、この場所へ?僕は答えの有る、問いを僕にぶつけて嗤う。ふと、見やると歩道の端に白線が引いてあり、その中に血痕らしき跡が点在している。僕の記憶は、ふらふらと大久保界隈で一人暮らしをしていた頃に手繰り寄せられる。起きしな、遅れそうだと慌てて駅へと駆けていくあの時の僕の傍らで、それら血痕を前に群れていた警察官の佇まい。ちらと見えた赤い粒の跡は夜半、寝入っていた僕をとっさに呼び起こすほどに剣呑なほどの、銃弾らしき、いや、そうとしか想えぬほどの大音響に通じている、もののはずだ。
 この街はドラマや映画の一シ-ンが、普段、さも当たり前のように横たわる、まさに夢幻の居所。不思議と「いやなものを見たな」とは想わない僕の心根も、どうやら年齢を重ねるごとにたびたび僕の意表を突いた、いくつかの迷いごとのせいで、憂さをいっぺんにさも拭えないほどの騒乱のせいで、邪で自分さえ良ければそれでいいんだと、どんな逼塞する事態でさえ袖を振った奴らの傲慢さのせいで、見事、いわば拡散され、多分、生まれついて持っていたはずのものさえもすでに失くしてしまったのかもしれず、などと僕は僕のそんな想いにまた苦笑いさえ生じて気色張る。
 バイクへと跨り、東へと疾駆、した。
 乾いていた。何もかも。嘘っぱち。
 後ろ背に、僕の意識が何者かを憂えていることを強く、強く、感じる。
 風の只中で、僕は「来るんじゃなかった」と、僕は僕のこの後悔のまま駆けていく。僕は、この道の、先の静かな佇まいを呈する湖畔のほとりで生まれた。生まれた場所しか、もう僕の憂いごとを覆せない。
 「どこへ行ってもひとは変わらないよ」
 多重な心根がまた天邪鬼な僕自身を嘲笑う。
 (厭だね・・・こんな性分)
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| 美城丈二@魂暴風;Soul storm*a dawn note |
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