永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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滲みる。
2008-12-29 Mon 01:36
 この世の中、どうも湿っぽい。何か、暗く陰鬱とかそういった感覚ではなく、どろどろとしているというか、くちの底にへばりついてきそうな、いかにも眉をしかめたくなるほどの苦々しさ、湿っぽさという感じです。一体、いつからこんな湿っぽさになったのか?僕には判然と解釈する能力は無い。
 まぁ、易々とは詩文に浸れない。そう、僕はいつもこうして物書きの世界へと逃げ込んできた。遂に安っぽく下世話を織り込んだ詩文ばかりにやつれてはおりますが、いまの僕をそれらはいつだって暗示しており、返す返す振り返った先の僕を見るようで、いや苦笑苦笑、
 「僕らしくもないや」
 と振り返るたび思う僕も居る。

 様々な感銘を日々に僕は僕の文句を言葉として発している。
 届くはずもなく、この世の中はいまにも地面が溶けて朽ちてしまいそうなほど、どろどろと湿っぽく、僕の心に滲(し)みてくる。
 「僕が僕じゃあ無いような・・・・・・」
 僕は懸命に、そんな思いを飲み込んで歩んでいるのだ。

 本年のご愛読に心より深謝致します。お一方お一方、幸多からん明ける年でありますよう。
                             美城丈二
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別窓 | 物言う、僕。いまを生きる。 | コメント:2 | トラックバック:0 | top↑
掌編稿『火の河』
2008-12-06 Sat 10:46
 遠くで何かが燃えている。あれは火の河、という奴です。年に一度、その年の人々の辛苦を労う。ひと生きるうえで背負った業、煩悩、それらをいわば見えざる神を尊いつつ、いま生きている自身に感謝し、来る年の無病息災を願い、持ち寄ったお札(ふだ)を燃やす、その都市(まち)、年の瀬の儀式です。
 我が古里でもおんなじような儀式、儀礼はあるのですが、夕闇に唯、紅々と映えており、子供の頃は見向きもしなかった。なのに、友人のM君が交通事故で死んだ年の瀬には、そこへその都市へお札を手向けに行きたくなった。数少ない友人のひとり。音楽ライターで良い文章(もの)を編む、男だった。その実家へも霊前に手向けてください、と花を贈ったら丁重なお礼の電話をもらい、その先でその母は泣いていた。あくる年もあくる年もその命日が来るが、彼のことだけは忘れられない。
 いい男であった。自身に嘘をつかぬ男でいつもこの世を憂えていた。「誰にでもそんな時期はあるものさ」とひとは口々にさらりと言うが、易々とそう、片付けられるほどの生き方を彼はしていなかったと想う。難病患者の母を抱え、彼はいたって献身的にその母の介護をこなしていた。その息子の死後、その母は特別介護施設に預けられたと聞いたが、僕はその行く末を知らない。一度、その母のもと、彼の生家に見舞ったらその時、「あなたを見ると息子が想い出される」と泣かれてしまい、往生したことがあり、それっきりになってしまった。命日から三年目の節目の折り、また花を贈ったら宛先不明で帰ってきた。
 ふとあの母の泪を想い出す度、その早すぎた息子の死を、あまりにもむごいと悼む。
 いつの頃からか、その儀式は火の河祭と名づけられて、いまに至っている。その都市出身のある作家がそう、名づけたと言われているが真偽のほどは解らない。僕もいつか、その火の河を渡る。その時まであと何年か、何十年か、それは僕には無論知れないことだが、僕は彼の分までしっかとこの世を憂えてのち、その河を渡っていこうと想う。
 「よお!待たせたな」彼はそのとき、こう、切り返すだろうか?。
 「まだ来るには修行が足らねえぞ。」
 いつかのように、いや、いつものように彼はそう、言って僕をまたからかうことだろうか?
別窓 | 美城丈二“あの頃を憂う、いくつかの掌編物語” | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
| 美城丈二@魂暴風;Soul storm*a dawn note |
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