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永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
【A re-publication】掌編稿『揺れている、影。』綾見由宇也
2009-07-25 Sat 21:16
 
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。
 
 新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口。入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが他者を圧しているかのような、一切の断りを押し返しかねない、独特の空間を有した一組のカップルを、かつて目撃したことがある。何が凄まじいかってその一組のカップル、じっと見つめあったきり、ぴたりと動かないのです。ひっきりなしにその合間を縫うように乗降客が通り過ぎていく、というのに彼と彼女はけっして微動だにしない。ふたりの距離はほどなく離れているが、そうと察してふたりを見やるときっとこのふたり、いまが今生の別れともいうべき恋人同士と想えなくも無い。僕には、そうとしか想えなかった。何故、そうとしか想えなかったのか。そのあまりに悲しみに暮れた顔。お互いが異様なほど醸し出している、いわば妖気みたいなもの。密閉の空間にギュッと詰め込んだかのような、それら空気に僕こそ、圧倒されたから。僕は田舎者なので、ついじっとふたりを見比べてしまって、この僕をも佇んでしまった。彼、彼女らはきっとそれでも動かない。次第に彼らをまったく意に返さずその横を素通りしていく一群がその誰しもが、ふたりを一瞥(べつ)することもなくその傍らを何事も無いかのように通り過ぎていく、そのさまがまるで映画か何かの一シーンを切り取っているかのように感じられて、僕はその後、この情景を随分長い間、忘れられずにいた。
 何だったのだろう。あの一組の若いカップル。どう見ても十代だった。ふと生活の一狭間(はざま)、僕はその強烈な空間が想い出され、独り、感慨に耽った。僕にはとてもその場面が、そのふたりにとって喜ばしい瞬間とは感じられず、勘考を起こさずにはいられなかったのだ。あれから、また時は過ぎた。僕には周りの人々をまったく拒絶しているかのような、そんな一組のカップルの紡ぎだす空気、あれ以上のものをその後見せられた記憶は、無い。僕はその情景に吸い寄せられたのだ。いやいやいや、僕はあの頃、僕自身こそ多感な十代だった。だからこそ、そう、としか想えなかっただけだろうか。ふたりには死相さえ、漂っていた。僕の当時の感性がそうと嗅ぎ取ってしまったのだ。僕にはもう、ふたりに意を決して踵(きびす)を返す、あのふたりの世界を振り切るしか術(すべ)はなかった。
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別窓 | 美城丈二“あの頃を憂う、いくつかの掌編物語” | コメント:0 | トラックバック:0 | top↑
『ソープの葵』物語稿3・綾見由宇也
2009-07-19 Sun 10:49
 僕は十代の後半くらいから、見てくれとは裏腹に自身でも可笑(おか)しいと思えるほどのお酒飲みだった。ひとり、夜半に飲み始め陽の光を浴びることもよくあった。アルコール系というやつはなんでも呷(あお)り、不思議に酔ったという感覚が沸かない。いや、普通に酔っていたはずだ。何故なら夢見心地に気分が恒に高揚していたのだから。
 中学は三年の頃、受験勉強に厭(あ)きてしまったのか?、父親が飲むウイスキーを盗み飲みして以来、その味が忘れられなくなり、お小遣いを注(つ)ぎ込んでまで飲むようになった。やはりどこか意思の弱い部分がそう、させたのかも知れないといまでは想える。在京のひとになった頃はいっぱしのアル中と言って良かっただろう。とにかく酒が喉(のど)を通過すれば言いようの無いわだかまりだとか、苦痛に感じる出来事がいっときでも忘れられて、またその感覚を抱きたくて飲んでいるようなところがあった。のちに胃の腑(ふ)を焦がすという言葉を何かの本で知ったのだけれど、実際、言いえて妙という言葉かも知れないと感じたものだ。胃の中に噴き溜まっているもやもや、それはやはりこの世の中、社会であったり、世間というか、そういう大きな存在、ひととひとが交わらねばならない対面社会にあって僕は10代特有のストレスを感じ、酒で身を焦がすことによってそういう煩雑なものから逃げ込んでしまいたかったのかも知れない。いっときでも何物かも忘れられる感覚。いまでこそ、そう、思えるという回想なのだけれど・・・・・・。
 また僕は音楽というものに強烈に惹かれるものを感じてもいた。やはりあの頃によく聴いていたのは邦楽ではなく洋楽で、それはただたんにかっこつけて聴いているのでは無く、メロディの節が自分に合っているように感じていたからだ。それと日本語が音に乗ると妙に耳障りにも感じてもっぱら洋楽ばかりを聴いていた。時代を遡(さかのぼ)って市販されている楽曲、レコードを探り当てたりするとなんとも言えない愉悦(ゆえつ)感を覚え、ひとりでにやついていたりした。古里を離れる際に車の免許を取得していたから、無料で配布されている今で言うところのミニコミ紙かなんかにハッとされる情報が載っていたりすると関東から山梨くんだりまで車を駆って買いに走ったこともあった。ファン同士での売買の交流にも積極的に応募して、ある程度の大金をはたくことも後悔は無かった。とにかくどこか今振り返れば衝動的で一度在る概念を抱いてしまうと、もう、そのことばかりが頭にこびりつき、我先にと行動に移さなければ気が済まないようなところもあった。なのに異性に関してはなかなか意思を表に現せなかった。そういう、かつての自分が本当にいらいらさせるというか、腹立たしささえ感じる。

 あおいとは屈託の無い、些細な日常で起こる出来事等は遠慮無く、語り合えるようになった。けれど、何か踏み込んでいけない目に見えない一線が横たわっているようで、ときに会話の節々でそういう想いを感じて嫌な気分に陥った。好きなミュージシャンのこと、何故、上京してきたのか?僕は恒に僕のことを語ろうとしており、あおいの内面にある、その一線の先にある事柄を聞きつけるにはほど遠い状況だった。
 あおいとひとつ小部屋の中にあっても、僕は僕だけが知っている僕のことばかり、語り尽くそうとしたんじゃないか?聞いてほしいと言うよりもよほど語ってはいない静寂という空間が怖かったのかも?来る週も来る週も僕はあおいのひとりの客人として日々を費やしていた。

 そんな或る日のことだ。
 いつものようにソープ『楽園』のロビーへと階段を踏み越え、いつも通りにあおいを指名したが、あおいは不在であり、いままでそんなことが一度も無かったので怪訝(けげん)に想った。あおいからは10円玉付きの名刺を渡されたおり、その名刺の裏にあおいの2週間分のタイムスケジュールが○×で記されていたから、前もって日時と時間を予約しておけば逢えないということは無かったのに。
 携帯電話なんて無い時代。公衆電話で事前予約をしていたにも関わらず、あおいが不在。
 「あれっ!?予約を入れといたけど・・・」
 頻繁(ひんぱん)に変るバイトの店員のひとりだったろう、僕はそう、聞き返してみた。
 「あおいさんは先週からお休みみたいです」
 スケジュール表を開きながら、その青年はそう、言葉を選ぶように言った。
 「・・・・・・・・・」
 さりげなさげに僕は相槌(あいづち)を打ち、踵(きびす)を返したが、いままでに無い状況に少なからず動転していた。行けばいつでも逢える、あおい。僕の心根がその動転を自身で悟ったとき、(酒でも飲もうか?)あれほど好きな酒の味が二の次になっていたことを強く感じ取った。あおいのことで僕は占領されていたのかと、まざまざと感じた瞬間でもあった。
 ふと、不吉な予感に囚(とら)われた。
 そうしてその予感は当たっていた。
 あおいからその一週間後ぐらいだっただろう、あるメッセージが届いたのだ。

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