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2008年07月24日 23:41

掌編稿『帰るところにあるまじや』

2007年03月10日 20:42

 かあさん、とうさん、僕には随分、あなたがたが遠くに在るようで・・・未だにその想いを拭えませんよ。いま、僕の嫁がこの来るべき寒さを忍んでマフラーと防寒帽を編んでくれているのですが、柄にもなく、かあさん、あなたを想い出し、ちょっと僕は涙ぐんだりもしているのですよ。ひとは、よく言うものです。あれは遠い、追憶の影、顔すらもう朧で想い出せませぬよ、などと・・・いや、僕には未だにありありとあなたのよすがが浮かび上がり、浮かび上がり、僕には在りし日のかつてのあなたがたが、あなたのそのお姿がはっきりとその輪郭が、そう、ありなんと・・・遠くにおられるはずなのに、僕のこころに衝き刺さり、だのにもう、まるで遠い遠い日のことのように想われて。
 ひとというのは、勝手なものです。僕というやつも勝手な者、です。酒を喰らう、あなたが嫌いでした。厭で厭で、死んでしまえと何度、祈ったことか。そう、呪い殺してやりたいほど、あなたはどうしようもないのんべい、でしたね。だのに、いまはもう、そのよすがも無い。霧の朝、身に纏う風にもあなたはささやきすら、くるんでは来ない。もう、寂しい限り、です。僕はあなたがたの居る、この古里に、二度と帰るところにあるまじや、などと心して、あの「東京」という街で生きておりました」。いろいろ、ありました。はい、僕なりに、修羅を潜るようなひどい目に遭ってきましたよ。けれど、いまそんなことを嘆いたとて・・・。もう二度と帰るところにあるまじや、などとえてして一本気に想い込んでいた僕も脳内出血で倒れ、左半身不随、変わり果てたあなたを、あのベッドの上のしがないあなたを人目見た時、僕は一変にあなたがあまりにも哀れに想えて、もうもうもうもう、僕はいけないと、僕に呟いて、このかつて意味無くけ嫌って離れた故郷に戻って参りましたよ。
 病気がちで入退院ばかりを繰り返し、その入院先に泣く泣く電車に揺られ、あなた逢いたさに恒にどこか前のめりで歩んでいた、そんなへんてこりんなあの頃をよくよく想い出させる、いま、か弱きおかあさん。朝からくだ、巻いて拳骨でぼこぼこに殴られ、一回きり、摑みかかると凄まじい勢いで振り回してきた、あの頃ばかりが偲ばれる、いま、大酒飲みのおとうさん。
 ですが・・・僕には、ありがとう、としか今、そんな陳腐な言葉しか想い付かない。僕は、ほんとに幸せ、でした。あなたがたの子で良かった。願わくばあなたがたが存命のその頃に、その言葉を伝えたかった。
 かあちゃん、
 とうちゃん、
 家族という、
 かけがえの無い、
 「未練」
 というものを僕は未だに、
 引きずって生きているのですよ。
 もう、一度っきりでも良い。
 僕は、
 あなたがたに逢いたいです。
 逢いたいよ。


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