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2008年07月24日 23:40

『ソープの葵』物語稿1・美城丈二

2007年05月11日 14:29

 僕にだって翳(かざ)してくる昨日がある。その昨日は迷いっぱなしで遂に僕を果てさせた。
 迷いのもとは、かつての彼女、過去という代物(しろもの)。誰しもに忘れ難い、追憶のとき。僕は二十代前半。あれからもう十何年が経ってしまった。
 衒(てら)わず、いまなら僕なりに語れることもあるんじゃないか?。
 とある場所で彼女と出逢い、同棲し、籍まで入れた。なのに事はその二十代前半で終わってしまった。いまでは僕も老けて、四十を目前の妻もおり、子もいる普通のサラリーマンだ。田舎町から、「映画監督」みたいなものに一心、成りたくて東京という都会に僕は憧憬というものを携えてやって来た。何かに腐乱に焦がれるあまり、恒にどこか、この背、押されるかのような衝動に駆られていたけれど、あの頃、僕の傍らには恒に、彼女が居た・・・。
 東横線沿いの映像学院、僕はその専門学校を退校したのち、さる映画委託業者の会社へと就職した。「脚本企画部」といえば聞こえは良いが、つまりは文字通り委託されたTV、映画等、そのシノプシス、筋をひたすら書き連ねていくだけの日々で、自分でも口惜しいほどにそれら原稿に踊らされる毎日だった。自分で本編を実際に書けるほどの才覚も技量もコネも無かった。とにかくものを書くという行為だけに、一日、浸り付けに浸って朝焼けが立ち上る最中、自宅への道を転がるように帰っていく、そんなどうしようもない日々の繰り返しだった。

 そんな折り、同僚のみーくんが、彼は名を巳広(みひろ)といった。「おい、書くばかりが能じゃない。たまには生き抜きしようや。」とばかりに持ちかけて、僕らふたりは誰彼に恥じることもなく、当時、池袋の北口付近、百五十m歩んだ先、みーくん懇意の「ソ−プ楽園」へと馳せ参じることになった。そこで、僕がご指名したのが「あおい」そう、この物語のもうひとりの主人公で、僕のかつての追憶の相手、設楽葵(したらあおい)、彼女だった。

 「なんだよ。おまえ、本名もあおいって言うの。ちょっとそれ、まずいんじゃないの?」
 「なんで?、私、この名前、気にいっとるんよ。そやさかい、ここでも使っとるんよ。」
 「ふーん。そんなもんか。あんまり、そういうことに拘らねえんだな。」
 「拘りなんてない。だって私は私、やもん。」

 だって私は私、やもん・・・
 彼女の口癖でもあったその呟きの際の媚態が、未だにありありと記憶の端に残っている。怖ろしいほどに美しい女だった。そして出逢った頃は怖いお兄さんと同居していた。怪しい商売ばかりに手を染める習癖、そんなお兄さんのことも、僕が葵に繁々とまたがるようになってから知ったことだけれど、

 何故、僕は、あの葵に片恋慕したのか?かなりその後、修羅みたいなものも見た。なのに葵に飽くまでも固執していったのは何故なんだろう?。当時、ちっとも独り身のやうせなさなんてものは感じなかったし、毎日毎夜、やることは他にいっぱい、あったはずなのに、僕の脳裏からいま振り返れば絶えずいっときも葵のことが離れずじまいだったときが長い間、続いた。あの感覚は一体、どこから湧き上がった想いなのだろう?

 葵はよく言っていた。「寂しいねん。寂し過ぎやわ。なんか、自分でもおかしいくらいに寂しくなるときがあるんよ。けどね、そんな私をそんなときでも、この私がどこか遠くから見ていることに気づいたんよ。あるときな、そう、気づいたんよ。そんな時、そんな時な、ほんまに私、気が狂いそうになるんよ。なんでやねん、なんやねんって、私。そんな自分を見つめる私に歯止めかけよう思うんやけど、あかんねん。」その憂い、装う横顔にかけてあげられるだけの言葉を、僕は当時、持ちあわせてはいなかった。

 この物語は、随分、古臭い頃の物語です。ひとによっては目も覆いたくなるようなシ−ンもきっと出てきます。それにほんのちょっぴりエッチでもあります。けれど、僕はいまこそ、あの葵とのことを書かねばならないと想いたったのです。何故だか知れず、僕のこころがそう、させるのです。ひとりよがりでも良い。僕は僕と彼女とのあの頃をここに描いてみたいのです。もしや明日の自分はあの頃を振り返らないかも知れず。だから今こそ、あの葵とのことをここに記そうと決めました。


コメント

  1. 美城丈二 | URL | -

    こちらこそ、初めまして。

     mijyuさん、ようこそ、コメント返しが遅れ、大変、恐縮致しております。男性です(笑)。私の文章が読み易いとのことで、奇特な方もおられるのだなあ、と感じ入ってもおりますよ(笑)。僭越な物言いでしょうが、今後ともどうぞ、宜しくご指導くださいませね。不定期ながら、私なりに思いを込めて書き連ねてまいります。丈

  2. mijyu | URL | j2StTDr2

    初めまして

    初めまして。桃さんのトラコミュからやってきました。男性の方ですか?
    真珠、美珠、などの名前を使っております。まださわりですが、読みました。
    主人公の男性の追憶から物語は始まるのですね。
    美城さんの文章、読みやすいです。ソープ嬢に恋をするのはやや不毛に感じますが、これからが楽しみです。
    次が気になるような、そんな場所で一つの文章が終わっているので、読み応えもあると思います。
    それでは、またきますね。

    From mijyu

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