永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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掌編稿『揺れている、影。』第二稿
2006-11-28 Tue 18:54
 『揺れている、影。Another shadow』①
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 さよなら、と心に誓って書き濡らした文面が、おどけている。彼女は「また、逢いましょう」と告げた。だが、彼は、「僕のことは、忘れてくれ」と言い返した。長い年月の、いや、あまりに早い時期に、ふたりは再会、したのだ。偶然の産物?・・・巡り逢いと言ってしまうにはあまりにも、早すぎる再会。
 どちらも、似た者通しなのだ。事を急ぎたがる、結論をすぐ出したがる、想い込んだら一生懸命、周りが見えない、見境が無くなる、まったく恋路に一途。他人の、いや、相手への気遣いが出来なくなる・・・。普段は、あんなに心根の優しいふたりなのに。
 どちらも、その渾身、「幸せ」を希求、している。運命の、生まれたときからの赤い糸で実はちゃんと結ばれているふたりなのに、何故にふたりはいま、離ればなれなのだろう。
 結ばれている?、そう、疑う術もなく、実はふたりは結ばれている。なのに、ふたりには、その微かな細線(さいせん)しか見えない。その微かな線でさえ、消え入るようで、見えがたい。つまり、ふたりは結ばれたが最後、生涯を共にする、同士だからこその神のいまや、離ればなれ、ご宣託なのである。
 これは、何もいまに始まったことではない。遠くギリシャ神話の時代から、シェークスピアの時代から連綿と繰り返された、見えざる者の「儀式」。愛する者同士への神の「何者をも冒すことが許されぬ、神聖なる儀式」なのである。
 離ればなれになるなら、なればよい。繰り返すなら繰り返せば、それで、よい。その見えざる者はあまりに無責任な振る舞いを、その毎日毎夜の「神聖なる儀式」だと考えている。「あとは、あなたがた、ご随意に、だ。」勝手きまま、わがまま、放題、やりたい放題、どうにでもしてくれー、だ。

 そんな神から産み落とされた者こそが、また人間という者だ。人間は哀れ、である。見えているものでさえ、拾わぬのだ。

  拾わない?
  ならば、形にして見せましょうぞ!!

 彼には、ほんの少しだけその彼女が拾わないものを、形にする能力が備わっていた・・・。

 いや、実はその刹那、神の「新たなるご宣託」が下されたのだ。形にしたものを、再び、見えざる者が取り上げる。そう、その形にしたものを、あの大いなる母とも謳われる、大海原にこともあろうか、棄てさせてしまったのである。
 ここから、再び、ふたりの苦悩は始まった。
 その海に、ふたりは再び、また行こうとしている。
 彼は、彼女に、こう、呟いた。
 「ここから、また、始めよう」
 さよなら、とは始まりの為の見えざる者、その「冒すべからず、神聖なる儀式」である。
 このふたりに、その「気まぐれなる神のご加護よ、きっとそそいでおくれ、よ!!」

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