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2008年09月06日 06:41

かつての‘破廉恥’な恋人たちと未来の‘異業なる’詩人たちへ

2006年12月08日 15:58

 好きでしようがなかった、からこそ結ばれなかったのだと想う過去さえ、呪わしいものは無い。この世情には、男と女、ふたつっきりだ。どんな感情流布、激しい人間でも崇高なる精神を宿す、高邁な一偉人でも、異性への感情、そのものを飛び越えようとせぬ限り、その世界は見出しえなかったはずだ。いまや、巷には、男と女の物語は溢れに溢れ、「もう、そういうものは・・・」とあえて、聞くともなしにはなっから拒絶する者も多いけれど、その底にはやはり、この世にひととして生を受けた者特有のジレンマが見え隠れしており、まったく痛々しき想いに囚われて、こちらは何も言えなくなる、なんて場面に遭遇したことさえ、かつて、ある。
 何故に、ひとは生きるのか!?ひと、それぞれにその命題は異なる。しかし、今更ながらに想うことのひとつとして、何人もこの性感情から、逸脱出来ないように、神はすでに生まれながらにして、ひとという生き物に、その遺伝子を組み込んでいる、という事実のみ。
 ひとえに好き、という感情は他者の、その何人も侵すことの出来ない、そのひと固有のもの、だろうから、この世情から、幾多の数限りない恋愛絵巻は、きっと未来永劫、終わらないことだろう。性犯罪も、その範疇、しかり。
 僕は、過去を憂うひと、である。そこに拘るものばかり書いてきた。そこから飛び越えようとして、頓挫し、またぞろいま、過去の物語ばかり、書き連ねている。苦しいものだ。苦しき限り。願わくば、この苦しみに見合うばかりのなにがしか、未来のご宣託を得たいものだ、などと想う心根こそ、厭わしいものはないだろうけれど、それにしても、僕はますます書き続けていくことであろう。僕は飽きることをしらない、ひとなのだ。この筆は、息、絶えるまで置かない。死ぬまで、神のその遺伝子やらというものにやんやと対峙して生きていきたい。僕も人の子。結局、女と男のことしか、書けません!!。


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