2008年09月06日 06:26
2006年12月25日 23:57
序
庭先で鶯が鳴き誇っている。春、です。縁側で僕は、何事かを憂えていた。高台の街路樹の満開の桜並木を潜った先、あのひとのうちはそこに在り、よくあのひとは木漏れ日の差しこむ軒で好きな唄を唄っていたっけな。あの頃が、ふいに僕のまなこに浮かび上がり、まるで幻影でもあるかのような錯覚を起させる。あのひとは、何故にあんなに焦れていたのか?、なのに僕の顔を見るたびにちいさく微笑んでくれましたっけ。
あの頃、僕はあのひとにつまらぬ愚痴を相当、吐いたな。あのひとはそのたんびにじっと耳を傾けて、けれどこの僕を最後にはいつも認める発言をしてくれた。そんなあのひとも風の便りで、妻と別れ子と別れ、独りに戻ったのだと聞くともなしに聞いた。「僕で良かったら、また呑みましょう。」そうしてきっと、あのギターの調べと濁声を。
僕もいつの日にか、また再び、そう、謳うだろうか?あのひとがあの頃、あんなに焦れていたもの・・・・・世の中に対する義憤か?容易ならぬ恋沙汰か?さては自身の「いま」に対する辟易感か?、あの頃よりも世情は、更に悪くなっている?、いやいや、僕はただ、謳いたいだけなのさ。
あのひとと、あの唄を。
壱
風鈴がちりりと奏(かな)でぬのちの夕暮れ時、ヒグラシが鳴いている。夏、です。
僕はお風呂あがりで縁側に向かい、ひとり静かにビールを飲んでいる。寂しいもんです。なのに心は乾いており、ひどくこの風情が心地良く想えるのは、何故だろう?
と、そこへ幼馴染がやって来る。
「ほれ・・・」
縁側越しにつまみなどを包(くる)んだビニール袋を差し出すと、
「よし、俺も付き合おう」
傍らにどさりと座る。あぐらを組んで、ビールを俺にも寄こせという顔をする。まるで無遠慮、まるで粋。
想えば僕の古くからの仲間たちは、こんな奴ばかり。一番、快活そうで、実はもっとも、多分、繊細なのは、この僕だろう・・・?と僕は僕の中で舌を出す。
いいもんです。友、というものは。
横顔を見ただけで、ちゃんとそのときに都合の良い言葉を選んで、かけてくる。かけられた張本人はかなたを向いたきり、なにげなさげよと煙草を吹かしていたが、その目にはちょいと光ったものがある、らしい。
ただふたりで、ビールを飲む。
いまや、ヒグラシだけがふたりの流行歌という按配(あんばい)。
そんな静寂の気配を大抵、破るのはやはり、あのひとだ。若い頃は大手のプロダクションに在籍していたこともある、いまや市井のギター弾き、Tさん。顎鬚(あごひげ)だけを携(たずさ)えてギター片手に濁声(だみごえ)を張る、ここでは橘(たちばな)さんとしておこう。彼はおかしなひとだ。いまやかつて愛しきひとと、その子を捨て、六年ぶりに再会した僕の古里をひどく気にいって、自身の古里を離れ、この町に住み着いてしまった。「どらどらどら、唄いに来たぞ」アコースティックギターともう傍(かたわ)らには芋焼酎。定番中の定番スタイルで登場です。
順ちゃんも来た。嫁さんのかすみさんも連れ立って。「何か、作りましょう」優しい微笑と、その名の通りの佇まい。いいもんです。いいもんだ。
誰も何にも言わなくなる。ただひたすら酒を煽(あお)る。ただ、橘さんの唄い声だけが、僕の心に靡(なび)いてくる。
誰も僕に「どうして、そんなことに・・・」などと詮索(せんさく)などはしない。なのに、顔色だけを読んで「よし、今日は奴の家で酒盛りだ」なんだ、と連絡を取り合い、連立って歩んでくる。そんなこんなを想い感じながら、殊更(ことさら)に僕はこの胸の底でしみじみ、友とは良いもんだと深く、普段の僕の出不精ぶりを懺悔(ざんげ)してみたくなる。
夜も更けて来た。かすみさんが、ああっと呟いた。「あれっ、いま、流れ星・・・」
ならば、にやりと顎(あご)を揺らし、橘さんがそら、唄いだした。
ちょいちょい、と泣けてきた。ぐぐっと胸に沁(し)みてきた。見上げる夜空に今夜だけは、たとえ流れ星が見えぬとも良い、のですよ。
彼女(あいつ)の欲しかったものはなんだった?僕の欲しかったものは一体、なんだったんだろう!?
庭先で鶯が鳴き誇っている。春、です。縁側で僕は、何事かを憂えていた。高台の街路樹の満開の桜並木を潜った先、あのひとのうちはそこに在り、よくあのひとは木漏れ日の差しこむ軒で好きな唄を唄っていたっけな。あの頃が、ふいに僕のまなこに浮かび上がり、まるで幻影でもあるかのような錯覚を起させる。あのひとは、何故にあんなに焦れていたのか?、なのに僕の顔を見るたびにちいさく微笑んでくれましたっけ。
あの頃、僕はあのひとにつまらぬ愚痴を相当、吐いたな。あのひとはそのたんびにじっと耳を傾けて、けれどこの僕を最後にはいつも認める発言をしてくれた。そんなあのひとも風の便りで、妻と別れ子と別れ、独りに戻ったのだと聞くともなしに聞いた。「僕で良かったら、また呑みましょう。」そうしてきっと、あのギターの調べと濁声を。
僕もいつの日にか、また再び、そう、謳うだろうか?あのひとがあの頃、あんなに焦れていたもの・・・・・世の中に対する義憤か?容易ならぬ恋沙汰か?さては自身の「いま」に対する辟易感か?、あの頃よりも世情は、更に悪くなっている?、いやいや、僕はただ、謳いたいだけなのさ。
あのひとと、あの唄を。
壱
風鈴がちりりと奏(かな)でぬのちの夕暮れ時、ヒグラシが鳴いている。夏、です。
僕はお風呂あがりで縁側に向かい、ひとり静かにビールを飲んでいる。寂しいもんです。なのに心は乾いており、ひどくこの風情が心地良く想えるのは、何故だろう?
と、そこへ幼馴染がやって来る。
「ほれ・・・」
縁側越しにつまみなどを包(くる)んだビニール袋を差し出すと、
「よし、俺も付き合おう」
傍らにどさりと座る。あぐらを組んで、ビールを俺にも寄こせという顔をする。まるで無遠慮、まるで粋。
想えば僕の古くからの仲間たちは、こんな奴ばかり。一番、快活そうで、実はもっとも、多分、繊細なのは、この僕だろう・・・?と僕は僕の中で舌を出す。
いいもんです。友、というものは。
横顔を見ただけで、ちゃんとそのときに都合の良い言葉を選んで、かけてくる。かけられた張本人はかなたを向いたきり、なにげなさげよと煙草を吹かしていたが、その目にはちょいと光ったものがある、らしい。
ただふたりで、ビールを飲む。
いまや、ヒグラシだけがふたりの流行歌という按配(あんばい)。
そんな静寂の気配を大抵、破るのはやはり、あのひとだ。若い頃は大手のプロダクションに在籍していたこともある、いまや市井のギター弾き、Tさん。顎鬚(あごひげ)だけを携(たずさ)えてギター片手に濁声(だみごえ)を張る、ここでは橘(たちばな)さんとしておこう。彼はおかしなひとだ。いまやかつて愛しきひとと、その子を捨て、六年ぶりに再会した僕の古里をひどく気にいって、自身の古里を離れ、この町に住み着いてしまった。「どらどらどら、唄いに来たぞ」アコースティックギターともう傍(かたわ)らには芋焼酎。定番中の定番スタイルで登場です。
順ちゃんも来た。嫁さんのかすみさんも連れ立って。「何か、作りましょう」優しい微笑と、その名の通りの佇まい。いいもんです。いいもんだ。
誰も何にも言わなくなる。ただひたすら酒を煽(あお)る。ただ、橘さんの唄い声だけが、僕の心に靡(なび)いてくる。
誰も僕に「どうして、そんなことに・・・」などと詮索(せんさく)などはしない。なのに、顔色だけを読んで「よし、今日は奴の家で酒盛りだ」なんだ、と連絡を取り合い、連立って歩んでくる。そんなこんなを想い感じながら、殊更(ことさら)に僕はこの胸の底でしみじみ、友とは良いもんだと深く、普段の僕の出不精ぶりを懺悔(ざんげ)してみたくなる。
夜も更けて来た。かすみさんが、ああっと呟いた。「あれっ、いま、流れ星・・・」
ならば、にやりと顎(あご)を揺らし、橘さんがそら、唄いだした。
ちょいちょい、と泣けてきた。ぐぐっと胸に沁(し)みてきた。見上げる夜空に今夜だけは、たとえ流れ星が見えぬとも良い、のですよ。
彼女(あいつ)の欲しかったものはなんだった?僕の欲しかったものは一体、なんだったんだろう!?
- 前のエントリーへ
- 掌編稿『揺れている、影。』第八稿
- トップページへ戻る
- Home
- 次のエントリーへ
- 哀しみばかりを語るんじゃないよ。
- 前のエントリーへ
- 掌編稿『揺れている、影。』第八稿
- トップページへ戻る
- Home
- 次のエントリーへ
- 哀しみばかりを語るんじゃないよ。




コメント
美城丈二 | URL | -
年の暮れ、読書三昧、誠に羨ましき限り。
幸田さん、改めて新年、明けましておめでとうございます。僕は僕なりに、ぼそぼそと‘駄作’を生み続けております(苦笑)。お元気そうで何より。今年もどうぞ宜しくご指導くださいませ。お互いに、縁り良き一年であればなあと思案致しております。小説執筆、頑張ってくださいませ。丈
( 2007年01月03日 10:40 [編集] )
幸田回生 | URL | AcAYINE6
謹賀新年
新年明けまして おめでとうございます。
年末から部屋に籠ってほとんど本を読んでいました。
避けていた感のある「三島の豊穣の海」を完読して、少々毒が回りつつあります。
それは、僕が子供の頃から誰かの生まれ変わり、
転生ではないかと、心に秘めていたからです。
松枝清顕、飯沼勲も薩摩の人でありますね。
美城さん、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
( 2007年01月03日 10:06 [編集] )
コメントの投稿