永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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『揺れている、影。』
2007-05-25 Fri 12:42
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。
 
 “新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口、入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが他者を圧しているかのような、独特の空間を有した一組のカップルをかつて目撃したことがある。何が凄まじいかってその一組のカップル、じっと見つめあったきりぴたりと動かないのです。ひっきりなしにその合間を縫うように乗降客が通り過ぎていくというのに彼と彼女はけっして微動だにしない。ふたりの距離はほどなく離れているが、そうと察してふたりを見やるときっとこのふたり、いまが今生の別れともいうべき恋人同士と想えなくも無い。僕には、そうとしか想えなかった。何故、そうとしか想えなかったのか。そのあまりに悲しみに暮れた顔。お互いが異様なほど醸し出している、いわば妖気みたいなもの。それら空気に僕こそ圧倒されたから。僕は田舎者なので、ついじっとふたりを見比べてしまってこの僕をも佇んでしまった。彼、彼女らはきっとそれでも動かない。次第に彼らをまったく意に返さずその横を素通りしていく一群がその誰しもが、ふたりを一瞥することもなくその傍らを何事も無いかのように通り過ぎていく、そのさまがまるで映画か何かの一シーンを切り取っているかのように感じられて、僕はその後、この情景を随分長い間、忘れられずにいた。
 何だったのだろう。あの一組の若いカップル。どう見ても十代だった。ふと生活の一狭間、僕はその強烈な空間が想い出され、独り、感慨に耽った。僕にはとてもその場面が、そのふたりにとって喜ばしい瞬間とは感じられず、ひとり感慨を訝(いぶか)った。あれから、また時は過ぎた。僕には周りの人々をまったく拒絶しているかのような、そんな一組のカップルの紡ぎだす空気、あれ以上のものをその後見せられた記憶は、無い。僕はその情景に吸い寄せられたのだ。いやいやいや、僕はあの頃、僕自身こそ多感な十代だった。ゆえにそう、としか想えなかっただけだろうか。ふたりには死相さえ漂っていた。僕にはもう、ふたりを振り切るしかしようがなかった。”

 『揺れている、影。Another shadow』①
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 さよなら、と心に誓って書き濡らした文面がおどけている。彼女は「また、逢いましょう」と投げかけた。だが彼は「僕のことは、忘れてくれ」と呟き返した。長い年月の、いや、あまりに早い時期にふたりは再会してしまったのだ。偶然の産物?・・・巡り逢いと言ってしまうにはあまりにも早すぎる再会。
 どちらも、似た者通しなのだ。事を急ぎたがる、結論をすぐ出したがる、想い込んだら一生懸命、周りが見えない、見境が無くなる、まったく恋路に一途。他人の、いや、相手への気遣いが出来なくなる・・・。普段はあんなに心根の優しいふたりなのに。
 どちらも、その渾身、「幸せ」を希求している。運命の、生まれたときからの赤い糸で実はちゃんと結ばれているふたりなのに、何故にふたりはいま、離ればなれなのだろう。
 結ばれている?、そう、疑う術もなく、実はふたりは結ばれている。なのにふたりには、その微かな細線(さいせん)ですら見えない?、いやその微かな線でさえ、消え入るようで見えがたい。つまりふたりは結ばれたが最後、生涯を共にする同士だからこその神のいまや、離ればなれ、ご宣託なのである。
 これは、何もいまに始まったことではない。遠くギリシャ神話の時代から、シェークスピアの時代から連綿と繰り返された、見えざる者の「儀式」。愛する者同士への神の「何者をも冒すことが許されぬ、神聖なる儀式」なのである。
 離ればなれになるなら、なればよい。繰り返すなら繰り返せば、それで良い。その見えざる者はあまりに無責任な振る舞いを、その毎日毎夜の「神聖なる儀式」だと考えている。「あとは、あなたがた、ご随意に、だ。」勝手気まま、我儘(わがまま)放題、し放題、やりたい放題、もうどうにでもしてくれー、なのだ。

 そんな神から産み落とされた者こそが、また人間という者だ。人間は哀れである。見えているものでさえ、拾わぬのだ。

  拾わない?
  ならば、形にして見せましょうぞ!!

 彼には、ほんの少しだけその彼女が拾わないものを、形にする能力が備わっていた・・・。

 いや、実はその刹那、神の「新たなるご宣託」が下されたのだ。形にしたものを、再び、見えざる者が取り上げる。そう、その形にしたものを、あの大いなる母とも謳われる大海原にこそ、こともあろうか棄てさせてしまったのである。
 ここから、再び、ふたりの苦悩は始まった。
 その海に、ふたりは再び、また行こうとしている。
 彼は、彼女に、こう、呟いた。
 「ここから、また、始めよう」
 さよなら、とは始まりの為の見えざる者、その「冒すべからず、神聖なる儀式」である。
 このふたりに、その「気まぐれなる神のご加護よ、きっとそそいでおくれ、よ!!」他者を愛した者のそれは切実なる願いである。

 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 久方ぶりに駆けてきた東京地方は、陽が翳ったあとの暗転、小春日和の午後となった。相変わらずの喧騒。怒号さえ、街の佇まいに溶けてはいるが、いつ、なんどき悲痛な響きを伴った声を発することか、無償に落ち着きを取り戻せない。
 僕はこの街でかつての彼女と八月(やつき)を過ごした。
 無論、今では苔むすアパートの跡も無く、壮麗なマンションが立ち並び、あの頃の想い出はこの胸にのみ、透くんでいるきりだ。
 井の頭線、明大前から次の急行停車駅。僕は二十一、この場所で住処(すみか)を得た。
 なぜ、また、この場所へ?僕は答えの有る、問いを僕にぶつけて嗤(わら)う。ふと、見やると歩道の端に白線が引いてあり、その中に血痕らしき跡が点在している。僕の記憶は、ふらふらと大久保界隈で一人暮らしをしていた頃に手繰り寄せられる。起きしな、遅れそうだと慌てて駅へと駆けていくあの時の僕の傍らで、それら血痕を前に群れていた警察官の佇まい。ちらと見えた赤い粒の跡は夜半、寝入っていた僕をとっさに呼び起こすほどに剣呑なほどの、銃弾らしき、いや、そうとしか想えぬほどの大音響に通じている、もののはずだ。
 この街はドラマや映画の一シ-ンが、普段、さも当たり前のように横たわる、まさに夢幻の居所。不思議と「いやなものを見たな」とは想わない僕の心根も、どうやら年齢を重ねるごとにたびたび僕の意表を突いた、いくつかの迷いごとのせいで、憂さをいっぺんにさも拭えないほどの騒乱のせいで、邪で自分さえ良ければそれでいいんだと、どんな逼塞する事態でさえ袖を振った奴らの傲慢(ごうまん)さのせいで、見事、いわば拡散され、多分、生まれついて持っていたはずのものさえもすでに失くしてしまったのかもしれず、などと僕は僕のそんな想いにまた苦笑いさえ生じて気色張る。
 バイクへと跨(またが)り、東へと疾駆、した。
 乾いていた。何もかも。嘘っぱち。
 後ろ背に、僕の意識が何者かを憂えていることを強く、強く、感じる。
 風の只中で、僕は「来るんじゃなかった」と、僕は僕のこの後悔のまま駆けていく。僕は、この道の、先の静かな佇まいを呈する湖畔のほとりで生まれた。生まれた場所しか、もう僕の憂いごとを覆せまい。
 「どこへ行ってもひとは変わらないよ」
 多重な心根がまた天邪鬼な僕自身を嘲笑(あざわら)う。
 (厭だね・・・こんな性分)

 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 ある時、歓楽街に逃げ込まずだんまり独りっきりも飽いてきたので、神楽坂の叔母の元へと駆けてみた。
 「ご在宅ですか?」案内に出た女中さんに願いでると、奥座敷からかさらさらと何か擦れる音がして、いつ見ても子気味良いほどの着こなしの叔母が現われた。どのような織物かは知れぬ。白足袋がちゃんと品を装っている。
 「どうも、です」
 僕は僕らしく行儀良く笑顔を湛えた。僕は本来、きっとそうなのに一体、いつからこうも作法なるものを忘れたのだろう。気分が悪くなった。
 「最近、どうお?そっちの方?」
 叔母は変わらず世辞を言う。
 「いや、教師なんてなるもんじゃなかった」
 「あら?また、そんなことを言って・・・。らしく、ないこと」
 くすくす嗤(わら)われて、僕も何か足の裏でもくすぐったいような気分に陥る。僕は幼い時分からこの叔母に育てられた。天涯孤独、というわけでもない。
 「もう、日暮れ時分よ。今日くらい、上がってゆっくりしていけば?」
 叔母はまた、そういう優しい呟きを漏らすが、僕はしばし、また思案し丁寧にお辞儀をして踵(きびす)を返した。
 「また、来ます」
 これまで多重人格と疑われるくらいにいろいろなものに興味、嗜好をそそられたが、いまは別に何がしたいだとか、何かを欲するだとか、まず性急さが無い。
 学生の情緒を育んでやるべき立場の者がこうなのだから、この未来も末、かな!?・・・
 などと、もう想うことさえくだらない感覚を僕の中に巣くわせるのだから、僕もちょっとどうかしている。ただ、叔母に人目逢って、ほっと安心したことはやはりよほどの真実だった。
 さて、このさぼり、なんて教頭に言い訳、しようかな?
 
 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 日暮れて明け目覚めると僕は砂糖とマヨネーズをたっぷりと塗りこんだ食パンをほおばる。そうして一杯のスープを流し込むと、実父と実母の遺影に手を合わせる。それが、遠いかつてからの朝、起き掛けの儀式みたいなものになってしまっている。「・・・行かないとな」自分に言い聞かせるように重い腰を上げた。
 高校までは歩いていける距離に在(あ)る。後ろ背にキャッキャッと跳(は)ねたかのような嬌声が覆い被さってくる。仲良し三人組。受け持ちの女の子達。
 「何?何?何?今日は来たんだ?」
 「またまたまたあ、さぼり教師ィー!!」
 「うるせー!!、朝一、逢ってなんだよ、おい!!おはようございますだろ!?おはようございますッ!!」
 「いいじゃん、いいじゃん!難(かた)いこと言わないッ」
 ひとり、輪の中でだんまりを決め込んだ女学生も、興味有りげな目を僕に注ぎ込んでくる。
 「またぁ、いい日に来たねえ。大問題発生!!」
 何がぁ!?という貌(かお)で向き直った僕に、最も派手な佇まいの女の子が、「先生、知らないでしょう!?もなみ、またまた、やっちゃった」
 また回春かと想わず僕は眉間に皺を寄せた。
 「もなみ、もう、無理!!先生がどんなにかばってあげても、もう無理!!」剣呑に、邪気に、無造作に、暗澹としたことを、その女の子は至極、あっさりと告げてきた。
 受け持ちの女子。万引きや隣市の青年との不純異性交遊等で補導される度に叱咤し、なにかれと庇(かば)い続けてきた女の子であるが、またまた問題を起こしたらしい。
 こういう問題と、きっとまたこの女の子は受け持ちのクラスの苛め問題を、こんな朝早くから吹っかけてくるはずだ。
 「恒星にしても立派に深刻!また学校、来てない」
 不登校学生、柳恒星(やなぎこうせい)などという、まったくもったいぶったかのような名を持つ男子学生の話題も殊更にいま、言う。
 結局、僕はこの子らにクラスの情報源みたいなものを仕入れさせてもらっているような次第で、何かしらあべこべ、僕にはもうもう手に負えない。
 昨年冬、我が高は二年学年主任が、他校、それも中学生らを取り纏(まと)め、こともあろうに回春の元締めみたいなことをしてしまっていたが為、散々、多くのTVマスコミに遣り込まれ、校長以下教師たちは、所謂、ちょっとした風聞にも戦々恐々、懊悩としてしまっている。わけても問題が多いとされるのが、我がクラス。もともと教師という柄では無かったし、だからこそ「持ち回り」と表す一年学年主任だなんて、「とてもとても・・・」と大迎に拒絶、していた。やる気ははなから無かった。僕は一職業人としての教師でしか過ぎなかった。だから、教頭や校長に何を言われても、「いつでも僕は辞めても良いのです」と啖呵を斬っていた。
 そんな僕のささやかな救いは、ひとり娘の芽衣(めい)。芽衣は、よくメールを僕にくれる。妻と別れてのち4年。幼かったあの子もいまや中学一年生。芽衣専用の着メロは“いつメリ”。
 放課後を、校内のベルが教える頃、僕はその芽衣の久方のメールを受けた。「お久しぶりぶり。元気、してた?」可愛い絵文字付きだった。僕はほっと吐息を漏らしつつ、さっさと校門を潜り抜けた。三十路もとうに超えた男の正体をそれら行為が暴露、していた。

 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 何かをやりたい、やらねばならない、まだ途上、だが何を僕は成し得た!?何をこれからやろう!?
 くるくると、輪の中でかつての僕がよろめき立つ。何をすべきなのか!?、歳を重ねるごとに僕は、へたりこみ、次第にあくせくしなくなり、自身のいまに未来に興味が失せた!?
 いや、そんなことはないぞ、と幼年の頃の僕が慰(なぐさ)みの情をかけてくる。
 いまの僕には何も無かった。実際、子供たちのことなどどうでも良かった・・・などと公言したら、まずいのかな!?
 聖職者としての自分に惑いが有る限り、結局、他人(ひと)は救えまいよ・・・。
 と、そんなこんなとひとり、善(よ)がってみても、結局、今日夕、僕はあの柳恒星のうちへと馳せ参じる。また、彼は自分の殻に篭(こも)ってしまった。いや、そう、でもないような・・・きっと、そう、だと決め付けてしまっても・・・。
 至って話せば良い子だし、別段、そう、と想うほどのある種、変質的なときに意識の高揚を他人に見せるかのような、所謂、「きれる」性質(たち)でもない。普段は寡黙(かもく)でおとなしい、子なのに。僕にはよく判らない。自分自身ですら、さして判らないと想っているものが、高校教師、それも生活指導担当教官とは!?飽くまでも“副”だが、
 まぁ、いい。
 「よう、恒星、久しぶり。お前、また来なくなったんだな?」
 あっさりと、恒星はさも自室の部屋を僕に占有させる。ふたりっきり。ふた親はどちらもまだ仕事から帰宅の途、ではないようだ。
 「・・・ふふふっ。先生、また、もなみ、やっちゃったんだって?」
 「ん!?、そういうことはうちにいても地獄耳なんだな」
 「まあね、興味が無いわけじゃない」
 「興味が無いわけじゃない?・・・そうか?」
 窓辺越しに映る、工事現場の、誘導員。
 「なあ?、タバコ吸っていいか?」
 「ああ、いいよ」
 恒星が灰皿を差し出す。
 「それ、先生専用だから」
 「へえ?オレ専用か?」
 「まあね。」
 その先は聞かない。ひとつ言えることは、この青年は僕には何がしかを見いだしているということだろう。
 楓(カエデ)の葉が左へ右へと仄(ほの)かに落ちゆく新興の住宅街。その楓の葉っぱの筋さえもはっきりと識別出来るのは何故だろう?
 「何か、ひとつでもいい。邁進(まいしん)できるものっていうか、オレがこんなことを言ったら語弊(ごへい)があるのかもしれないけれどな、学校には来なくてもいいから、まあ、一身腐乱に打ち込めるものっていうのかな、そろそろ、そういうものを見つける努力をした方がいいな」
 「一身腐乱って?」
 「脇目も振らず、そのことだけを追求する姿勢っていうの?、かな?」
 「そんなものが見つけられるのかなあ?」
 「んなもん、探せばいくらでもある、ある。自分の可能性を信じて、なんでもいい、突き詰めてやればいいのさ。おまえももう、立派な男なんだから。いつまでも柔(やわ)な考えじゃあ、仕様がないぞ」
 「相変わらず、ぬけぬけと語るよね、先生は」
 「ぬけぬけって。よけいな言い草、だっつうの!!」
 いつもこんな感じで、僕は恒星とふたり、おもしろおかしく、喋り昂(こう)じる。
 好きな女の子の話し、凶悪犯罪に対する抗弁、憂憤、関する心理学的話しや、昔、夢中になった偉人に纏(まつ)わる話し。好む本の話しや芸能人のこと、多岐に渡って自らの過去をも晒(さら)け出す。そういうことには一切、頓着しない。
 彼らは立派なおとなだ。少なくともこの僕、なんかよりずっと。僕なんかは語りながら自身に潜ってしまうから・・・。十分、その小さな脳をフル稼働させていまをけなげに彼らは生きている。
 僕には目指すべき地平が無かった。地平などという漠然とした言い方がおかしいとすれば、僕には目指すべき方向性が無かったと記した方が判りいいだろうか。彼ら彼女らには、きっと凄まじき未来がある。たとえその途上で挫けてもたとえその途上でくずおれても、まだ、取り返しがつく。残されている。そのことに、当人たちが、ふと気づけるか否か。あとではやはり遅い。僕は彼ら彼女らの未来の姿ではない。“昔は良かった”ひとは歳を重ねれば一度はそう、抗弁するらしいが、恒星の自宅から帰る道すがら、僕は電車の吊り皮にもたれつつ、そんな呟きを僕の裡(うち)で吐き出していいた。僕はまた僕の中に潜る。またしても自らでは答えを導けぬ、行きつ戻りつの感情だった。

 『揺れている、影。Another shadow』②
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 『いじめに附いて謂(い)いえる想いは、わたしの幼い頃から、つまりずっと以前から、「そういうものはあった」という事実のみだ。「昔は、陰湿じゃあ無かった」「いまは痛みを知らないから、こんなことをしたら死んでしまうといった見境が判らない」どこかでそんな言葉を聞いたが、いじめられていた、つまりいじめられっ子であったわたしから言わせれば(ただ、或る時期を過ぎ、その世界は消滅したけれど)昔もいまと変わらず、その行為は陰険であった。病弱な母が、自身に鞭打って作ってくれたお弁当が、あっさりとその中身を捨てられていることを知ったときの、横溢、懊悩。そのものずばり「死ね」だの「生きてる意味が無い」だの、その存在意義自体を否定する言葉の数々。当時、言葉の暴力という言いようは無かったけれど、そういう想いに囚われてなんど死のうと想ったことか・・・。
 ひと一倍、おとなぶった意識が、当時のわたしを苦しめ疎外感は日に日に増幅された。
 結局、なんの大袈裟な物言いではなく、格差社会、差別認識、資本主義という、ユートピア精神に反した、この日本という社会でまさに経済的に大いなるひとそれぞれ多大にあまりの格差がありうるこの成人という社会で蠢(うごめ)いている、虐げられている民族において、いじめが無くなるはずは無い。「あなたよりもわたしは裕福」事実、この傲慢さが知らず知らず、子供たちに蔓延(まんえん)し、いじめを助長する。指導すべきお役人、率いる先生自体がこの蚊帳(かや)の外ではないから、いじめはやがても終わらないことだろう。わたしたちはそういう認識のもと、ふだん、生きてもいないかもしれず、だから、わたしのこの言(げん)も、ただの「ひとりよがり」或いは「黙殺される」ままである、あろう。

 かつてそういう想いを、「小説にしてみたら」とさる方に進言されたことがある。「いや、まだまだ生々しくて」その方は、もう、何十年前の話し!?、いつの時代のこと!?、いい大人が!?みたいな貌(かお)をなされた、あの不遜な首の傾げ方をわたしは当時、見逃してはいない。いじめられた者だけにしか判らない、心理の綾、というものがそこにはあるのである。
 ひとは、どこまでいってもまた、他者を窺(うかが)い知れない。当たり前、と言ってしまえばそれまでだが。いまは、まさに自分のことだけで精一杯の時代、時勢であろうから、ことは重大だ。いや、いつの時代もそうなのだから、いじめはいつまでたっても無くならないだろう。そのことが露見し、ただただ隠蔽(いんぺい)しようと謀(はか)るおとなたちが居たとしても私は殊更に彼らを否定もしない。また、翻(ひるがえ)ってわたしも十二分にいじめる側の当事者にいつなんどき、なるやもしれないのだから。
 いじめ、いじめられ・・・ひとはそこで蠢(うごめ)く。誰も彼も、いじめたことなどそのうち忘れ、やがては闇に葬られるのだ。どうしようもない、私達は、いまもその社会で生きている。ひとという者の構造を、この場合はその心の仕組みを知ろうとする意識からまずは始めてみるべきである。』

 この文章は僕がいまから二年ほど前に、さる教育機関誌に匿名で「いじめに附いて」という題名で投稿した文章だった。なんら問題視されることもなかったけれど、実際、高校教師という“教職”の身にある者が書いた文章だと知れていたら、果たして、どう?であったことだろう。しばし、そのことをも考えてみた。その一年後、我が校は、問題の回春教師を生んで、マスメディアが、すわ、と色めきたったとき、僕にはずっと以前から何やかやとものを書き、いろいろな媒体に公表する性癖があり、それらは、昔見た、有る光景や有る事象を小説文めいて書いてみたりもしていたのだけれど、この文章もその一環に過ぎなかったが、ふと、僕はこの文章を想い起こし、「何か、僕の身にもあるのかな?」と微かではあったけれどその露見?を畏怖した。ふと、そういう想いがいま、また、新たに翳(かざ)し始めていた。やがて何もかも終わりが来る?、僕はきっとささやかな安楽のときと忌々しき苦渋を舐めるやもしれぬ、その境界線の只中にあって、自分自身を世情に曝(さら)されることに実は多大に怯えていたということだろうか?
 そのときは果たして来た。

 『揺れている、影。Another shadow』③
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。

 仄(ほの)かでは無く、まざまざとまるで赤子が我が母の乳房をひっきりなしにまさぐるかのように、暮れなずむ、その診療所の渡り廊下を僕は有る確信を感じつつ歩んでいく。暗闇なのだ。或いはそこはけっして診療所の一角ではないのかも知れない。そう、想いたくなるほどの月明かりさえ射さぬその居所。墓地か或いは洞窟にでも迷い込んだかのような感覚すら僕にはあった。
 おずおずとけれど僕は歩みを進めながら、僕自身の教師生命が、そう、長くはない未来に絶えるであろうことを己に言い聞かせようとする。僕もやはりか弱い一己の人間として脅えていた?
 受け持ちのクラスの女の子が自殺を謀(はか)り未遂に終わったが、ようやく搬送された、ある地方、奥里深い診療所でのこと。或いは、そうだ、精神を病んだ者が自身の肌触(ざわ)りを確かめぬようにすやすやと寝泊りしている場所かも知れぬ。だから寝息さえ聞こえぬのだ。
 わざと何か、こう、暗いというか、寂しい風情というか、霊の存在を信じている者には最適の場所かも、だなどと。ハハハッ。僕は僕にくすくすと苦笑いを起こす。・・・遂に僕もかなり“やき”が廻ってきているぞ。

 女の子はじっと動かなかった。だが目は見開いている。また、なんと薄暗い照明であろう。ほとんど話しなどしたことも無い生徒。横顔を見て、ようやく、ああ、と判然がついた。僕はこんな調子だ。いつだって。マスコミがまたぞろ「あの高校!!」と囃し立てるのも、そうは遠くない日じゃないかな。
 女の子がハッと僕の存在に気付き視線を交わしても僕にはかける言葉すらとっさに想いつけない。その射抜くような目に萎縮して、僕は僕の心根が一瞬、真っ白になってしまったことをここに白状しておきたい。
 「・・・死ねなかったね」
 ようやく、そんなことを発した。
 「眠りたいだけ、眠りにつけばいいさ」
 そんな呟きも、自身の言葉ではないようだ。僕の中の第三者が発している?
 森閑としている。森の動植物もこれなら安楽に横たわっていることだろうな、なのにふとそんなフレーズが僕のこの胸に沸き立つ。
 ふたりだけであった。メッキの剥げた点滴台にわずかに遮光して一本の筋が浮かび上がっている。まるできらびやかに、さえ。その一条の筋にぽたんぽたんと液が滴(したた)り落ちる。そこだけがはっきりと僕のまなこを刺激、した。
 その瞬間だった。強烈な、まるで胃の腑(ふ)を焦がすかのような凄まじい痛みをさも全身に感じた刹那(せつな)、僕ははっきりとあの時の情景を想い出したのだ。そうだ!!このふたりだけの空間を僕はかつてどこかで目撃したことがある。何故、何故、いま、この瞬間であったことだろう。もうひとりの僕がかつてのうら若き僕が、現在(いま)の僕をどこからか、じっと見つめている。

 “新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口、入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが、他者を圧しているかのような、独特の空間を有した一組のカップルを、かつて目撃したことがある。”

 ああ、そうだ!!現在の僕はあの物語の中の住民なのだろう。

 揺れていた、影。その心だけが揺れている。

 もなみは自主退学した。自宅へ立ち寄っても逢おうとすらしない。物事に始まりは無く終わりばかりだと、僕は僕自身のふがいなさを嘲(あざけ)る。だが「あなたの力量不足、ですね」そう、さりげなく言う校長の中枢神経とやらが判らない。いじめはいけませんと言っているはなから、言葉による暴力を吐くじゃないか。実はひとによっては手ひどい言い様であるはずなのに・・・。
 僕も僕の終わりを悟って、退職願いを申し出た。なのにあの校長は「ひとまず休職願いを受理するという形で・・・」意味が判らない。外聞を気にしてか。詮索する気力も失せて僕はその日、足早に校庭を横切った。門の辺りからするすると新聞記者風情の男が歩み寄り何事か声をかけてきたが、僕はその声すら邪険に遮(さえぎ)って町へと駆けた。もう何もかも自身を質(」ただ)す気力さえ失せてしまっていた。

 その暮れもわずかな日和(ひより)、僕は久方ぶりにバイクに跨(またが)り、神楽坂の叔母の元へと走った。心配げに僕を見つめる叔母に僕はにこやかに笑顔を手向けた。
 娘の芽衣が続けざまにこんなことを浴びせかけてきた。
 「はははっ。パパ、情けない!!」
 ひねくれた顔をわざと作って僕はおどけてみせた。
 「芽衣・・・おいしいケーキでも食べに行こう」
 キャッキャッとはねる娘を後部座席に乗せ、僕は人形町の、あの想い出の場所へと向かった。いまからは随分と昔のことのようだ。よく、あいつと入った、マンデリン豆をおいしく挽(ひ)いてくれるお店。ここのレアケ-キを一度、芽衣に食べさせたいものだとずっと想い続けていた。
 娘は、おいしいねおいしいねと連呼しながら、
 「この先、どうすんの?」
 と、挑むような目を見せて問いかけてきた。
 「どうしようかな?まあ、ぼちぼち考えるわ」
 僕が、そう呟くと、芽衣はすかさずその答えを待っていたと言わんばかりに、
 「だってもう辞めて半年以上、経つじゃない?、ぼちぼちなんてパパらしいよ」
 と、言葉尻を捉(とら)えた。
 クスクスと笑い講じる娘の芽衣に僕は、本当のパパはそうじゃないんだよという想いを咄嗟(とっさ)に飲み込んだ。
 娘にだけはけっして見せぬ自分。僕は昔からそんなところがあった。

 娘と別れ、僕はふと人並みに揉(も)まれたくなって以前の町並みが残る路地を訳もなく歩んでいった。そこへあの騒ぎが起こったのだ。喚(わめ)き声と喧騒が交錯する最中を、一群の人垣が一片に僕の方へと押し寄せてきた。なんなんだ?驚いた僕も、その一群の理由をすぐに判然と悟った。出刃包丁を持った五十年配の男があらん限りの嬌声を発し、ふらふらとこちらへと歩んでくる。通り魔か!?いや、違う。こんな白昼堂々、刃物などを振り回す者がいるものか?不思議と僕は怖気(おじけ)づかなかった。僕はじっとその男を睨み付けてその男へと挑みかかっていった。

 揺れていた、影。その心だけが揺れている。
 
 頬を危(あや)めた傷と取り押さえる際に刺された右肩付近から噴出した血痕を、さも傍目に見やるかのように立ち上がったまでは覚えているが、その後、去っていく警官の後ろ姿を一瞥した辺りから、まったく記憶が定かでは無い。

 “人形町に有る雑貨屋のレジでバイトをしていたあいつを始めて見知ったのは、僕が二十歳(はたち)の学生時分の頃だった。あいつは、ありふれた、どこにでも居そうな女性だったけれど、僕が購入しようと差し出したアンティ-クな趣きの女の子が傘を立て本を読んでいる置物に、こちらのセンスにくすっと同意とも取れる微笑を湛(たた)えて、「贈り物、ですよね?」と尋ねてきた。僕は恥ずかしがることもなく「いや、ただ、可愛いから、いいかなっと想って」と呟き返したけれど、アハッ、とあいつはまた好意的な笑いを覗かせ、そそくさと包装紙に包んでくれた。
 そんなあいつが、僕の女の子を産んだ。僕にやがて離婚届けを突きつけた。”
 
 ひとというものは、何故、あんなにも焦がれた恋にあっさりと終止符を打てるものなのか?
 
 意識が覚醒し、自我に気付いた僕は、夢に見たあの頃がまるで他人事のように感じられて空しかった。だが、この病室の、この横たわる僕の傍らにいる女の子はなんと説明したら、良いものだろう。
 あのもなみであった。
 「・・・先生。勇気、あるじゃん」
 いまだかつて見たことの無いもなみの、そのふくよかな微笑が飛び込んできたとたん、僕は止め処(ど)ない滂沱の涙を流さずにはいられなかった。

 みな、揺れている。僕もまた揺れ続ける。
 (あれでお終いじゃあ、なかったのか・・・)
 これのちも揺れ続けねばならないのだろう。婚約指輪を捨てに行った、またあの大海原さえ、呼んでいる。

           美城丈二(よしきじょうじ)・あの頃を憂う、いくつかの掌編物語
                          『揺れている、影。』了
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<<『向日葵、無残。』掌編寄稿・風友仁 | 美城丈二@魂暴風;Soul storm*a dawn note | 掌編稿『帰るところにあるまじや』>>
この記事のコメント
久方ぶりの邂逅、嬉しき限りです。
幸田さん、コメント、誠に有難うございました。そうして読了、嬉しき限りです。この物語の冒頭シーンは実際に僕が目撃した実話であり、京王新線は在京時代、事実‘揺れていた’線でもあるのですが、以下はもとよりフィクションです。僕なりの観念を今回はかなり主人公に付託して盛り込んだつもりなのですが、果たして小説独特の、読み進めるうえでの読者、自らの空想力をうまく高められたのかな?刺激できたのかな?という一抹の不安はございます。小説はやはり、筆者自らの手を離れ、読者がさまざま空想することができうる特有性を持ち合わせているとも想いますので、今後も僕なりに志向していろいろ励んで参ろうとも想います。久方ぶりの邂逅、ほんに嬉しい。また僕も幸田さんのサイトにお邪魔させていただきますね。是非また、お越しくださいませ。今後とも宜しくご指導の程を。美城丈二
2007-01-11 Thu 23:21 | URL | 美城丈二 #-[ 内容変更]
読ませてもらいました
こんばんは、美城さん。
明大前や京王線は、僕にとっても思い出の地なので、
非常に懐かしかったですね。

青春群像が好きなのです。
そこから抜け出せなくて、
もう少し大人の小説が書きたいといつも思うのですが、
人を好きになったり、悩んだり、ぐだぐだ言っている、
優柔不断な自分がどうしても顔を覗かせてしまうのです。
時々、このサイトを覗いていたのですが、
言葉を上手く纏めきれずにいるのです。
2007-01-11 Thu 19:46 | URL | 幸田回生 #-[ 内容変更]
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| 美城丈二@魂暴風;Soul storm*a dawn note |
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