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2008年07月24日 23:42

『ソープの葵』物語稿4・美城丈二

2007年05月11日 18:46

 あの頃、僕はよくひとに、「もう少し、顔をあげて歩きなさいよ」と指摘されるほど、無邪気な笑顔を作れずじまいだったのだろうか?
 まるで歌舞伎町だの、新宿南口だの、下北だの、高円寺だの、荻窪だの、行きつけの店先のネオンでさえも、素面(しらふ)なのにかすれて見えるときがあるほどに、何か、逼迫(ひっぱく)しているかのような、頑強なペンチでおもいっきりひねられ捻じ曲げられているかのような、胸の動悸と痛みを感じ立ち止まることもしばしばあるほどに、肉体的にも何がしかに追いすがられていたのかも知れなかった。
 同僚、みーくんの懇意の店は、数限りなく点在していた。だのに、だからこそか、よく誘われて彼の馴染みの場所に赴いても行った。そうであったからこそ、葵があの時、僕の眼前で突っ伏していたとしてもそれはおかしくもなんともない、ある些細な当然、眼前で起こっても奇遇などということもない出来事だったのだ。なのに当時の僕には、その事件目撃がまるで生まれついて運命(さだめ)られているかのような錯覚のもと眺めていたような、いまとなってはそういう気配に包まれていたという気がしてならない。僕はよほどの“運命論者”だったのであろう、否、ただの単細胞だとでも蔑ずまれよう、面持ちかな?
 「こんなこと、よう、あるさかい・・・」
 僕を認(したた)めた葵が、あの時、微苦笑まじりに吐き捨てた一言。確かに僕には、そんな呟きが漏れ聞こえた。続いて助け起こしたみーくんの、あの優しい問いかけ。
 「おまえも大変だな。やること、やってんじゃん。」
 「案外、お互い様かもしらんよ」
 何を指して、そうおどけ返してきたのか、健気(けなげ)などというものとはあまりにもほど遠い、葵のその事件に対する、言葉のご宣託。
 だが、お巡りさんに連れられていく葵の後ろ背を望む間際、一瞬、苦渋の表情を見せた葵の面持ちを察するとき、僕にはその気苦労がのちののちまで、あとを引いて仕方が無かった。記憶という名の一断片。あの時、僕は感じたのだ。葵という女が、その見てくれだけで判断するならば、多分、けっして口にしないだろう、この囁き。
 「なんで私はいつもこんな運命やねん」
 葵には、確かにそれまで僕が付き合ってきた女とはあきらかに違う、暗い影を感じてはいた。
 そののち、二月ばかりか、葵は行方知れずになってしまった。


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