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2008年09月06日 06:35

掌編稿『揺れている、影。』

2006年10月26日 22:53

 
 揺れていた影、そのこころだけが揺れている。
 
 新宿の駅構内の、それはよく利用していた西口の明大前へと通じる、確か京王新線の乗降口、入ったばかりのその付近で、まるでそこだけ他と隔離しているかのような、まるでその佇まいばかりが、他者を圧しているかのような、独特の空間を有した一組のカップルを、かつて目撃したことがある。何が凄まじいかってその一組のカップル、じっと見つめあったきり、ぴたりと動かないのです。ひっきりなしにその合間を縫うように乗降客が通り過ぎていくというのに、彼と彼女はけっして微動だにしない。ふたりの距離はほどなく離れているが、そうと察してふたりを見やるときっとこのふたり、いまが今生の別れともいうべき恋人同士と想えなくも無い。僕には、そうとしか想えなかった。何故、そうとしか想えなかったのか。そのあまりに、悲しみに暮れた顔。お互いが異様なほど醸し出している、いわば妖気みたいなもの。それら空気に僕こそ、圧倒されたから。僕は田舎者なので、ついじっとふたりを見比べてしまって、この僕をも佇んでしまった。彼、彼女らはきっとそれでも動かない。次第に彼らをまったく意に返さずその横を素通りしていく一群がその誰しもが、ふたりを一瞥することもなくその傍らを何事も無いかのように通り過ぎていく、そのさまがまるで映画か何かの一シーンを切り取っているかのように感じられて、僕はその後、この情景を随分長い間、忘れられずにいた。
 何だったのだろう。あの一組の若いカップル。どう見ても十代、だった。ふと生活の一狭間、僕はその強烈な空間が想い出され、独り、感慨に耽った。僕にはとてもその場面が、そのふたりにとって喜ばしい瞬間とは感じられず、ひとりごちた。あれから、また時は過ぎた。僕には周りの人々をまったく拒絶しているかのような、そんな一組のカップルの紡ぎだす空気、あれ以上のものをその後見せられた記憶は、無い。僕はその情景に吸い寄せられたのだ。いやいやいや、僕はあの頃、僕自身こそ多感な十代だった。ゆえにそう、としか想えなかっただけだろうか。ふたりには死相さえ、漂っていた。僕にはもう、ふたりを振り切るしかなかった。


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