永遠を焦がれるままに。A writer;美城丈二Another face綾見由宇也
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掌編稿『火の河』
2008-12-06 Sat 10:46
 遠くで何かが燃えている。あれは火の河、という奴です。年に一度、その年の人々の辛苦を労う。ひと生きるうえで背負った業、煩悩、それらをいわば見えざる神を尊いつつ、いま生きている自身に感謝し、来る年の無病息災を願い、持ち寄ったお札(ふだ)を燃やす、その都市(まち)、年の瀬の儀式です。
 我が古里でもおんなじような儀式、儀礼はあるのですが、夕闇に唯、紅々と映えており、子供の頃は見向きもしなかった。なのに、友人のM君が交通事故で死んだ年の瀬には、そこへその都市へお札を手向けに行きたくなった。数少ない友人のひとり。音楽ライターで良い文章(もの)を編む、男だった。その実家へも霊前に手向けてください、と花を贈ったら丁重なお礼の電話をもらい、その先でその母は泣いていた。あくる年もあくる年もその命日が来るが、彼のことだけは忘れられない。
 いい男であった。自身に嘘をつかぬ男でいつもこの世を憂えていた。「誰にでもそんな時期はあるものさ」とひとは口々にさらりと言うが、易々とそう、片付けられるほどの生き方を彼はしていなかったと想う。難病患者の母を抱え、彼はいたって献身的にその母の介護をこなしていた。その息子の死後、その母は特別介護施設に預けられたと聞いたが、僕はその行く末を知らない。一度、その母のもと、彼の生家に見舞ったらその時、「あなたを見ると息子が想い出される」と泣かれてしまい、往生したことがあり、それっきりになってしまった。命日から三年目の節目の折り、また花を贈ったら宛先不明で帰ってきた。
 ふとあの母の泪を想い出す度、その早すぎた息子の死を、あまりにもむごいと悼む。
 いつの頃からか、その儀式は火の河祭と名づけられて、いまに至っている。その都市出身のある作家がそう、名づけたと言われているが真偽のほどは解らない。僕もいつか、その火の河を渡る。その時まであと何年か、何十年か、それは僕には無論知れないことだが、僕は彼の分までしっかとこの世を憂えてのち、その河を渡っていこうと想う。
 「よお!待たせたな」彼はそのとき、こう、切り返すだろうか?。
 「まだ来るには修行が足らねえぞ。」
 いつかのように、いや、いつものように彼はそう、言って僕をまたからかうことだろうか?
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